教育委員リレーコラム

  

教育の原点を考える

鳥取県教育委員会委員長  山田 修平 山田委員長の写真


 いじめ、自殺、未履修問題に象徴されるように子どもたちをめぐる状況は過酷である。安倍首相の諮問機関である教育再生会議は中間報告で教員の資質向上、授業時間の増加、いじめへの即応的対策、教育委員会に対する第三者評価など幾つかの改革を提言している。提言に異を唱えるわけではないが、ここでは本質的な人を育む基本を述べてみたい。

人を育む基本

 その上で、人を育む基本として家庭教育の3機能を提言したい。正三角形を思い浮かべていただきたい。まず底辺に「愛情」である。こどもは親や祖父母の愛情を感じたとき精神的に安定する。では愛情とは何か。簡略して述べれば、他と比較しないでその子のよさ・本質を見抜き、その子のその時に応じた接し方をすることであろう。考えれば私たちが悩んだり、苦しんだりしていることのほとんどが比較の次元のことである。例えば頭がいい、金持ちだ、貧乏だ、美人だ。そうじゃない。

躾の原則

 次に、三角形の左辺は躾である。身を美しくと書く躾は、着物の仕付け糸が着物の形を崩れないようにするように、人間の土台を形成するものだ。では何をどのように躾けるのか。私の恩師の一人・森信三先生は、常々子どもが小さいときに次の3つのことを躾なさいとおしゃっていた。朝の「おはよう」、呼ばれたときの「はい」、そして履物をそろえることである。勿論、この他に多々躾はある。しかし、大切なことは欲張らないことである。躾項目を何十と並べてもおそらく実行できない。大切なことは2、3決めたら一貫して行うことである。そうしたら他のこともできるようになるというのが、躾の妙味であろう。ではこの3つの躾をどのように行うのか。子どもは親や祖父母の言うようにはしない、行うようにする。三角形の右辺はお手本・モデルである。大切なことは、夫婦で、大人同士で挨拶をし、返事をし合うことである。勿論相手が子どもでも、大人からである。子どもは自然と、挨拶をし、返事をするようになる。そして最も難しいのは、履物を揃えることであろう。しかし、これも私たちが、玄関で、トイレで、台所で履物を揃え続けていれば、いずれ子どもたちもできるようになる。

モデル-大人同士の関係が問われる

 モデルの意味はお分かりなったと思う。要は私たちがどのように振舞うかである。もう1つ、モデルで大切なことがある。夫婦、親・祖父母の仲がどうであるかである。例えば仕事で疲れて、家でテレビの前でごろ寝ばかりの夫を妻が文句ばかり言えば、子らの父親像は明らかにダウンする。反対に妻が、子らに「お父さんはお仕事を懸命にし、今疲れられているのよ」とカバーすれば父親像はアップしよう。母についても同じことが言える。要はモデルだからといってのんびりしたい家庭で常に胸を張っておればシンドイ。ここで夫婦関係、祖父母と父母の関係が問われるのである。

目標―人間の基本

 いま1つ大切なことがある。三角形の上の頂点に当たるところに目標と描いていただきたい。進学高校や有名大学への入学も一つの目標かもしれないが、もっと人間として基本的なことの目標である。森信三先生はご自身の家庭教育の目標を2つ置かれたという。一つは最低限かもしれないが、「人に迷惑をかけない」。そして今1つは「少しでもいいから人のために何かできる子」。非常に具体的な目標だと思う。よく私たちは「おもいやり」と「自立」を子育ての目標に掲げる。まさに子育ての基本目標かもしれない。しかし少し抽象的な言葉でわかりにくい。思いやりの最低限のことは人に迷惑をかけないこと、そしてより積極的なことは人のために何かすることだ。人のために何かといっても人から強制されて行っても本当の意味で何かしたことにはならない。自ら行ってこそ人のために何かしたことになる。よほど自立していなければできないことになる。思いやりも自立も含んだ具体的目標ということになる。ではこの目標を実現するにはどうすればよいか。結論から言えば、モデルである私たち大人が実行する以外方法はあるまい。

学校教育にも当てはまる

 ところでこの三角形の図式は学校教育に当てはまる。三角形の左辺・躾を知識・技術を伝えると置き換えてみよう。小学校・中学校・高校・大学それぞれの子らの発達段階に応じて伝えるべき知識、技術はある。しかし、その前提に子たち一人ひとりに対する愛情がなければなるまい。また伝える教員の人間としてのモデル像や大人としての人間関係が問われる。ややもすると学校教育を論ずるとき、知識・技術のみを論じがちだが、その根底にある愛情や教員としての生き様を忘れてはなるまい。

子どもたちの問題の根源は大人社会

 さまざまな子どもたちの問題の解決策が提案される。それはそれで大切なことだと思うが、私は子らに対する私たちの愛情、そして私たち大人の生き様に対する深い自省がない限り本質的な解決はありえないと思う。なぜならば、すべて子どもの問題は私たち大人社会の反映であるからだ。

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