長崎までの行路、米子6時23分発のスーパーやくもからの車窓風景。3月とあって、すでに周りは明るく、岸本までは左に三角形の大山を、江府町に入れば今度は大山南壁を見ながら岡山まで南下します。
特急でゴォーッと日野川を遡り、驚いて飛び立つおしどりを見て、上石見ではまだ辺り一面に雪がさーっと残っている。このあとは伯備線の最高地点、谷田峠(たんだだわ)。
さて同じルートでの帰り、長崎では上着いらずの暖かさになっていたのに、すっかり日が落ちて駅に着いた時だけホームの灯りで外が見え、谷田峠にはまだ残っている雪が見えると…ここの春はまだ遠い、と感じるのです。
その道の両脇の風景には「名」がありません。地名がある程度でしょう。では、日野郡の名のある風景、つまり「名所」といったらどこでしょうか。
日南町は日野上の大イチョウに石霞渓、日野町の金持神社、明地峠、黒坂の町並み、滝山公園、江府町なら御机の茅葺き屋根、貝田のなだらかな棚田は人工物の美しさ、烏ヶ山そびえる鏡ヶ成…いくつも挙げられます。

ですが、果たして果たして、一つ一つのアピール力はそれほど強くない…記者にはそう思えるのです(もちろん、個人的にはどこも大好きですよ!)
でも、ひとつ言えることは、「それでもどうぞ日野郡にお越しください」ということ。なんなら通りすがるだけでもいいのです。
日野郡の魅力は「一つ一つの名所」という「点」ではなく、それぞれを結ぶ「線」にあるからです。
南中する太陽でも夕陽でもいい、キラキラと光が反射すればこれほど見事なものはない貝田の棚田を横目に見たら、ずっと大山の山なみが見えている美用を登って御机へ。それから鏡ヶ成へは、山中とは思えないほど開けた笠良原(カサラバラ。記者が一番好きな音の地名)を一気に突っ切っていこうか。ああ、江府町はどこからだって大山が見えるんだ! そして左手には、まだ残る雪と白樺。

春は郡内の山肌に、ほわりと桜の塊を見つけ、夏は深緑の山に支えられた青い空の下、生き物のように伸びる釣竿が光る。水に入る釣り人はいつ見ても涼しげ。
夏が過ぎれば、左に花咲くそば畑を挟んで伯備線と競争しながら日南町へ。大イチョウはもう少しですべて黄色。あの赤い房飾りは『かしら打ち』か、いい時に来たな。帰りは石霞渓で奇岩と紅葉を見て帰ろう。

冬の初め、「山ではもう降ったのね」と根雨の白い山肌を見て思い、大雪になれば今度は日野川に現れる『多島美(川中に点在する岩に雪が積もる)』に心を躍らせる。

こうやって、日野郡の「線」の美しさを電車から「見流して」ください。
車で「むやみに」ドライブしてみてください。
では、歩くひとは?
実は記者、よく始発に乗って根雨の一つ手前の「武庫」駅で降りて職場まで歩いていました。4キロ半、私の足なら45分の道のりです。
この区間の魅力は、風景を際立たせる「湾曲」と、歩いてこそ感じる「湿り気」。
武庫駅から歩き始めて3分くらいしたら、踏切が鳴り始め汽笛が聞こえてきます。そうです、冒頭で書いた米子6時23分発のスーパーやくもがここを通るのです。
武庫のカーブは遠目にはプラレールのごとく、近くに来れば見事な傾斜を見せてくれます(写真の場所よりさらに少し先に進めば柵もなくなるのでますます迫力満点!)。

(リアル★プラレール!スーパーやくも) (田舎あるある→柵のない線路脇)
もともと湿度の高い山陰ですが、靄のかかる朝など顔にその冷たい水分を感じながら、対岸の洲河崎の灯りはちらほら、空にはまだ月、半の上(※地名)の白梅、町境の手前で親とはぐれたキツネの子、白い隈取のハクビシンに出会い、いったん日野川とはお別れ。水の音だけ聞きながら、えっちらおっちら歩き続け、また川にぶつかったら線路のそば、途中で川側の道に渡り、ぐーんと曲がった先に根雨の町が見えてきた。
(遠くの白い建物はわが職場!)
すぐそこに見えるのに、なかなかたどり着けないこの感じを「湾曲」ぶりが演出してくれるのですよ。 季節によっては観光列車『銀河』ともすれ違うことができます。
自転車の高校生が横をサッとすり抜けていくこともないので、ボーッと歩くのも自由。この区間に限らず郡内は湾曲した道路が多く、ツーリングの人もたまらんって!
歩いているから感じられる、奥行き、スロースピードの眺め、湿り気、声、言葉、生き物の姿…これは「流れる線」ですね。
記者が2年目に「そうか、これだ」と気づいた日野郡の「線の魅力」を伝えらえたら幸いです。
立ち止まってじっくり見たいものばかりではないかもしれないけれど、ちらっと見えたり、横目に流れても見えたら心が動くものばかりなのですから(よそ見運転は厳禁‼)。
どうかみなさんが気分転換にどこか知らないところへ…と気軽に日野郡へ来てくださることをこの先も願っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。