先鋒戦
先攻:がちゃぽぽ
ワイパーが雨を拭くのを助手席で見ているだけの塾帰り、九時
後攻:名古屋高等学校・鶏頭
雨漏りのバケツを横に一人食うのり弁ののり喉にはりつく
講評 穂村弘審査員
これも判定に迷う難しい対戦でした。『がちゃぽぽ』の「助手席」という言葉からは、自分でまだハンドルを握れない立場や年齢で、運転席には親などがいるという様子や、その無力感が伝わってきます。それから「、九時」という部分がよく効いている。短歌としてこれを詠むと、音数的にここは8時、10時、11時は字あまりになってありえない。5時とか9時じゃないと成立しない。5時だと早すぎるから、ここにくるのは9時しかない。そういう短歌特有の強制力を感じました。
『鶏頭』の方は、「のり弁ののり喉にはりつく」の「の」の繰り返しや、上の句と下の句の取り合わせが、すごくプロっぽい歌だと思いました。特に、上の句と下の句は離れ過ぎても近過ぎてもダメなんだけれども、この組み合わせには侘しさみたいなものもあるし、上の句は水分が余ってるんだけど、下の句の「のどに貼りつく」っていうのは水分が足りない。そんな見えない繋がりみたいなものも微かにあって、驚くほどうまいですね。
中堅戦
先攻:がちゃぽぽ
踏切よ下がってくれるな繰り返すカとンの間に君を見つける
後攻:名古屋高等学校・鶏頭
盗まれた自転車パチンコ屋に見つけきっと負けてるきっと負けてる
講評 江戸雪審査員
判定にすごく悩みました。どちらも大好きな歌でした。『がちゃぽぽ』の方は、踏切のバーの上り・下がりという光景と、踏切のカンカンという警告音の上がり・下がりが同時に思い起こされる。私も普段から、耳も目も両方刺激されるようなうたが詠めたらと思っているので、その点で『がちゃぽぽ』の歌の方に共感しました。
『鶏頭』の方は、「パチンコ屋」が絶妙によくて文句なく大好きな歌だったし、発表も面白かったのですが、『がちゃぽぽ』の歌が良すぎてしまったというところです。
大将戦
先攻:がちゃぽぽ
自転車で千葉のばあばに会いに行く旅路は世界地図に小さく
後攻:名古屋高等学校・鶏頭
カエルって食えるんですねすみません夢は小さく持つ主義でして
講評 大辻隆弘審査員
『鶏頭』の作品はみんな作中の主体が屈折していて、一癖、二癖あって、ややこしい人ばかり出てくるなと思いました。この歌でも、口先では「すいません」と謝りながらも、人を小馬鹿にした様なところ、そうした人間の一番いやな部分をこの言い回しで表していて、人間の描写の仕方が深い。人間描写の深さみたいなものがこの文体に出ていて、そうした意図も成功してるんじゃないかなと思いました。
『がちゃぽぽ』の歌はすごく僕も好きで、自分にとっては40キロ、50キロっていうのは本当にとてつもない距離なんだけども、世界地図という縮尺になると0.1ミリにも満たないというのは、少年らしい発見だと思いますし、それによって世界の想像もつかないような広さに恐れを感じるという少年の心がよく出ていて、とても素敵だと思いました。「千葉のばあば」という言葉も、少し離れて住んでいる祖母に対する、小学生の子どもからの親しみのある呼び方だと思います。この歌もとても良くて、どちらにするか非常に迷った2首でした。