先鋒戦
先攻:御露
通学カバン投げ捨て会話も放棄してウミウシの棲む街へ行きたい
後攻:名古屋高等学校・鶏頭
かみなりはただのおおきなおならだよとそんな話で寝かしつけられ
講評 江戸雪審査員
どちらも自由奔放な発想でとても惹かれました。『鶏頭』の方は、結句が「寝かしつけられ」で終わってしまい、読んだ後にもやもやするというのだけが気になったところです。上の句のひらがな表記はすごくうまいと思います。
『御露』の方は、本当に何もかも捨てたくなるときって、大人にもあって、大人はそこで凹んだりストレスを溜めてしまうのですが、この歌は「ウミウシの棲む街」に発想を飛ばせたというところが気持ち良くて、いいなと思いました。
中堅戦
先攻:御露
穏やかな湖面に雪の降るごとく細胞ひとつひとつ死にゆく
後攻:名古屋高等学校・鶏頭
今日のこと細く伸ばしてスパゲッティのようにして飲み込んでおいてね
講評 大辻隆弘審査員
非常に対照的な文体の勝負で、やっぱり『鶏頭』は人間の薄暗い機微や、人間の意地悪なところなど、どちらかというとマイナスな部分をえぐり出すのがとてもうまいと思いました。この作中の女の子もちょっとつき合いにくいですよね。丸め込んで飲むんだったら、わざわざ細く伸ばさなくてもいいのにと思いますけどね。こういう我儘な女性に翻弄されているこの作者の立場がよく出ていて、スナップショットみたいな一場面をユーモラスに切り取った、すごく魅力的な歌でした。
逆に、この『御露』の歌は非常に端正ですよね。もうこれは一種の名歌、近代的名歌というか。雪が静かに降っていて、湖面に触れるとスッと解ける感じ。それが一つ一つの細胞が死んでいく様に見えるんだというのは、本当にぴったりすぎるぐらいぴったりした比喩で、ある意味、正道のど真ん中を歩んでいる比喩だと思いました。あえて照れずに、あえててらわずに、そういう真っすぐな抒情だけ、真っすぐな文体で押し通した、その豪胆さみたいなところに心を打たれてこちらの方に票を入れましたが、どちらも対照的で面白い対決でした。
大将戦
先攻:御露
黒板に白く大きく革命と書く窓の結露は大粒になる
後攻:名古屋高等学校・鶏頭
窓越しに体のすべてを見せつけて私に犯して欲しそうな蛾だ
講評 穂村弘審査員
『御露』の字余りの説明もうまかったし、一人一人の思いが集まって大きなものになるという、なぜ結露が革命を支えるのかという説明にも説得力がありました。歌も説明もすごく練ってきていて、隙がない感じがしました。
『鶏頭』の蛾の歌は、僕は素晴らしいと思いました。「蛾だ」という濁音で終わることころですが、これが蝶だと全然だめで、音数的にもそうなんですが、蝶がとまる時は、羽をたたんで立ててとまるので、全身を見せないですよね。一方、蛾は全身をガラス越しに見せつけるようにとまるので、その点でもすごくいいですね。「見せつけて」というのが露悪的に見えないぐらい、蛾は確かにそうだなという自立性と感情の強さがマッチした歌だと思います。