○山陰中央新報 片山 晧平 記者
平井知事、おはようございます。幹事社の山陰中央新報の片山です。本日はぶら下がり含めて11時45分まででお願いできればと思います。それでは知事のほうから冒頭よろしくお願いいたします。
●知事
はい。皆様、おはようございます。このたび、愛子内親王殿下の御臨席仰ぎましてぼうさいこくたい[2026 in 鳥取](防災推進国民大会鳥取大会)、そして県内の巡回視察、整ったところでございましたが、県民の皆様、記者クラブの皆様はじめ、御関係の皆様に本当にお世話になりました。おかげさまで、後ほど申しますが、一つの評価もいただける成果がありましたし、これからの鳥取県政、県民の皆様にとりまして意義のある結果になったかなと思います。そういう意味で、愛子内親王殿下や国、それから関係機関、日[本]赤[十字社]等々含めまして心から御礼を申し上げる次第でございます。
また、これから新年度に向けて今、国会が動いたりしております。そういう中でいろいろ我々も注意しなきゃいけないこともあるかなと思いますが、例えば今、消費税引下げの問題があって、こういう財源どうなるのかということも焦点ですし、[高市早苗 内閣]総理[大臣]の昨日の答弁では1%分、これについて当座スタートをして、3年度後、2029年度ですかね、に新しい制度を始めると、それで、2,000万人ぐらい対象とするということでありますが、かなり大きなものになろうかと思います。
そうした状況も踏まえて、これから年度後半に入りますので、新年度の予算編成など鳥取県としてもスタートすることになるかと思います。県民の皆様のいろんな御意見、そういうものを聞きながら、これからの予算編成、政策立案を県庁挙げて進めていきたいというふうに思います。
まず、そのぼうさいこくたいでありますが、集計した数字が出てきました。国のほうで管理されていますぼうさいこくたいの本体のところ、これは[エースパック]未来中心でやった部分のところでございますが、それの入場者数が2万7,000人というふうに公表されました。これは去年の新潟大会の1.4倍、4割増しになります。また、県でも主催しまして、防災のテーマパークとして、例えば食パラダイスの魅力を発信するとか、また、ステージを設けましてイベントをやるだとか、また、県内の様々な団体の出展等で鳥取県の魅力や防災について展示をしていく企業さんの産業フェアのようなことも組み合わせてやりました。それは大体10万人を超えまして、10万536人となり、合わせますと12万7,536人というふうになります。
昨年度の新潟大会も併催イベントありましたが、それを考えても昨年度の5倍ということになります。実はアンケートを会場のほうで取らせていただきましたけれども、満足度、これ、5段階評価をして取ったんですが、非常に満足が94%と、大変に評判がよかったと思いました。また、防災意識が高まったというのは全員そのような回答でございまして、体験型だとか、ステージイベントだとか、楽しみながら防災について考えるきっかけになった、そういう我々としては大変にうれしい手応えのある御評価をいただきました。
若干そういう声を拾いますと、そうした活動によって防災を知り、支え愛の大切さを高校生たちが学んだということですね、愛子内親王殿下にもHUG(避難所運営ゲーム)のときに親しくお話もいただいたところでございました。その支え愛、愛という字を入れた支え愛の大切さを学んだということであり、これを伝えていきたいと、それで、最後の閉会式でもこうしたメッセージを若い方々が出されたわけであります。こういうのはやはりこれから、ぼうさいこくたいのレガシー(受け継ぐもの)として若い人が中心になって進めていくような防災対策、それを我々としても組織していかなければいけないかなというふうに思いました。
また、毎年出している、例えば防災ネットワークのようなそういう団体だとか、日本赤十字社さんなど、毎回、ブース出されるんですけども、もうすぐにこうグッズがなくなってしまったり、予定していたものではとても追いつかなかったぐらい、過去にない盛り上がりだったということで、出展関係団体のほうにも一定の御評価をいただけました。
HUG(ハグ)の皆さんもこれで通じました大学生、高校生の垣根を超えた学生同士の防災のネットワークもできたかなということをおっしゃっていましたし、また、女性や地域、様々な立場の意見交換ができたということでございましたが、これ実は未来中心の中によりん彩がありまして、そちらのほうでこういう女性活躍という観点でのワークショップ的なこともやっておった次第でございます。
それで、私どものテーマパーク、県主催のところでも実際、食のイベントが大にぎわいで、これは具体的な額も大体倍ぐらい、同じ出展しても、これまでのものの倍ぐらい売れたというような話も実は来るほどにぎわった食イベントにもなりました。また、交流の機会、それから様々なブースでも手応えを感じていただけました。[料理研究家]リュウジさんが防災食のステージをされたんですけど、その後が結構バズりまして、今あるお寿司屋さんのネタで大バズりしています。これは何といいますか、回転ずしのレベルではないという、大体ここまで言うと店名が分かりそうですけども、そういうようなことがネットで出ましてびっくりしましたけど、ちょっとVIVANT越えをされた感じもいたします。
そういうようなバズる効果も出まして、いい宣伝になったかなというふうに思いますし、愛子様にもいろいろと親しく訪ね歩いていただきました。それで、実際、お立ち寄り先など、全国的にも認識が深まりまして、本当にうれしい結果になったかなと思っております。愛子様にも鳥取県の防災対策が過去の中部地震のときとか、佐治の洪水などのお話も聞かれて、私もずっと3日間付き添わせていただき、いろいろと御説明やお話を伺う機会をいただきましたけれども、そうした中でも非常に評価をしていただけたのは個人的にも大変ありがたく、励みになりました。鳥取県は非常に早くそういう復興に取り組んだ、あるいは住宅も全ての住宅を対象にしたとか、また、孤立集落の救助、それも早いということも頭に入られたみたいで、支え愛という言葉を各所で愛子様も口にされるぐらい、少し鳥取の防災のやり方というのを御理解いただけたかなというふうに思っております。
それで、別れるときも県民の皆様にくれぐれもよろしくお伝えくださいと感謝の言葉がございました。中部地震後の10年というのが今日の10月21日であります。それで、これについてはこの後、10年のセレモニーをそのぼうさいこくたいの会場にもなっていた倉吉のほうで開催をさせていただきますし、河北中学の子供たちと一緒にイベントもあるということになっております。
県民ギャラリーで、県立美術館のほうで私どものパネル展示を今日からスタートをさせていただくことになります。[午後]2時7分がちょうど10年後のときになりますけれども、子供たちと一緒に希望の鐘を鳴らす、あるいは絵馬というものをタイムカプセルに封入するというようなことなど今日して、10年を振り返りながらこれからの防災、あるいは復興の誓いを新たにできればなと思います。それで、こういう中、室﨑[益輝]先生が神戸から来られまして、本県の取組について、こういうもの全国に広げていくことが大切なぐらい中部地震の対応は奏功したんではないかという御評価をいただきました。災害ケースマネジメントとか、住宅再建のことだとか、様々なことの御評価をいただけと思います。
それで、こういうように中部地震10年の今日、ぼうさいこくたいの結果を踏まえて、鳥取県として、鳥取型の支え愛防災対策、これをスタートさせることといたしたいと思っております。1つは避難所のことをてこ入れしたいということです。安心とっとり避難所プロジェクトというものを設けさせていただこうと、それで鳥取方式の感染症対策避難所、これ現場でもその状況を、アイデアをぼうさいこくたいでも全国の皆様に見ていただきました。また、安心避難所サポーターというものを編成をして、この避難所設営を住民の皆様にも覚えていただいて、それを迅速に立ち上げるようにできないか、防災士さんなどと協議を早速始めていきたいと思います。
また、資器材の搬送ですとか、車中避難ですとか、こういうのは地域防災計画の中で、この年度末までに明記をさせていただこうかと思います。また、避難者同士の支え愛による避難所開設や運営体制を構築するために、そういうサポーターの研修など、いろいろと輪を広げていこうと、こういうようなことなど一連のものを安心とっとり避難所プロジェクトとしてスタートさせていただけないかなと思っております。
また、水防訓練もバージョンアップをして、シン・水防訓練をスタートをしようと考えております。ぼうさいこくたいでいろんな我々勉強させていただきました。また、最近の災害では、やはり今までの災害とは違った、そういうものになってきていまして、それに対応した水防訓練が必要だと。例えば、いわゆる被災車両と言われるもの、以前は放置車両と言われていましたが、ああいうものの対策というのはやっぱり大事なんだろうと。それで、そういうものもを水防訓練の中でも取り入れていくなどしまして、内水も含めた水防訓練にバージョンアップをしてみたいということであります。
それで、先ほど申し上げましたように、防災会議がございますが、ここに若い方々がこうやってですね、せっかく今回、防災のネットワークの中心に立っていただいたので、そういう若い方々に委員になっていただこうと。あんまり全国でも例がないかもしれませんが、防災会議の委員として指名をして、中枢に入っていただいてはどうかというふうに思います。
また、災害時多言語支援センター、だんだん外国から来られた方の在住人口が増えてきております。それで、そうした方々に多言語で情報発信をする仕組みを国際交流財団などと一緒にスタートをすることにいたします。これ、このぼうさいこくたいと併せて始めたものでございます。それからみんなの防災フェス、それで今回、ぼうさいこくたいで県民の皆様も防災を楽しみながら学ぶことっていう大切さを認識していただけたかなと思います。ですから、この機運を今後に続けていくためにみんなの防災フェスとして、これから毎年やってみてはどうだろうか、それに向けた準備を進めてみたいと思っております。
また、高校生の防災ネットワーク、これもつくって、大学のサークルなどとも連携しながら、そういう若い人たちがいろんな防災イベントをやるのをお手伝いして盛り上げていこうと。それでせっかく、ぼうさいこくたいがこういう形で終わることができましたし、中部地震10年という節目も経験をしたわけでありますが、10年の歩みが県外からも御評価をいただけたということもございまして、これを1つの糧として、鳥取型の支え愛防災対策、これを推進してまいりたいと思います。
それから予算関係や新年度に向けた政策立案でありますが、10月の23日に当初予算編成・政策戦略の会議のキックオフ(開始)をすることといたしたいと思います。ただ、今回は統一地方選挙があり、[鳥取]県議会[議員選挙]も[鳥取県]知事選[挙]も両方が行われることになりますので、骨格予算という編成方針でいきたいと思います。それで、ぼうさいこくたいを契機とした、先ほど申しましたような地域防災力、この向上ということは1つのレガシー(遺産)として予算計上に持ち込んでいきたいと思います。そのほかも人口減少対策、長引く物価高対策、AX(AI(人工知能)に焦点を当てて知的業務や意思決定の自動化・高度化を目指すこと)、地域経済活性化など一定のものにつきましては計上していいのかなというふうに思いますが、1つは冒頭申し上げましたように、国の制度がいろいろ動きまして、地方財源がどうなるかなというのは心配をしております。それで、そういうものを注視をする必要があります。特に国の補正予算が多分12月に編成されることはないでありましょうから、そうすると、そういうのがどういうふうに当初予算に響いてくるのかなども見ながら、県予算を編成するという、ちょっと特殊な年になるかなと思っております。
また、飲食料品の消費税率の臨時的な引下げ、その財源問題、これも2,000万人を対象とした、そういう新しい制度をつくるという、昨日の国会での表明もありましたので、この辺も注視をしてまいりたいと思います。
また、統一地方選挙後に判断すべき政策的事項、こういうものが、いろいろと今後あろうかと思いますが、あえて、それは肉づけ予算のほうに振るべきだろうと、これがデモクラシー(民主主義)、地方自治の1つのエチケットだというふうに思います。それで、そのために財政調整型の基金だとか、そうしたものを維持しながらやっていこうかなと。それで現状、財政誘導目標は、この4年間で達成をすることができました。それで私も任期を重ねていますが、そのたびにクリアをしながら、むしろ財政状況としては、財政誘導目標以上の着地点に持ってきていまして、今回もその見込みが立つかなと思っています。私も最初に当選したときは、実は財源がなくて、たしか10億円かそこらぐらいしか財源残っていなくて、肉付けに苦労したわけでありますが、やはりそういうことがないようにきちんと基金などを確保するというのが1つのポイントかなと思っております。
それで本日付で熊本地震の支援の5,000万[円]、これを追加発動させていただいて予備費を執行したいと思っております。今までに627人が派遣をされてきておりますけれども、このたび技術職の中長期的な派遣も始まることとなりました。それで、こういうものなど入れますと、ちょっと今の予備費の執行では足らなくなるので、今日付で5,000万[円]を執行しまして、熊本への支援、これを怠りなくやっていきたいと思っております。
今週ですね、先般、中国電力にも回答いたしましたが、プルサーマル(ウラン燃料をリサイクルし原子力発電所で再利用すること)発電についての審査など、まだ国が残っていると私たちは思っています。そこで設計・工事計画認可など厳格に審査してくれとか、それについて丁寧に説明をしてくれなど、国に対してしっかり要望する必要があるだろうと。今、米子市、境港市と今、日程合わせをしていまして、22日の日に東京のほうで要請活動を展開することといたします。今、詳細は残念ながら、まだちょっと詰めている段階でありますが、22日で要請活動をすることになりました。
また、今月末ですが、医師育成、確保に向けまして、自治医[科]大[学]の卒業する人たちと鳥取大学の中で県の奨学金を得て卒業する人たちを一貫してですね、1つにまとめて我々が医師養成をしていくと、ここに鳥[取]大[学生]・自治[医科]大[学]生というふうに併記してありますが、今まではこればらばらだったです。それで、これを鳥取大学の地域医療学講座と連携しながら県も、県は実はこういう医師を派遣する人事権を持っていまして、それで、一体となってこういう育成しながら地域の医療に当たっていただくと、それで、例えば医局(大学医学部・歯学部内における人事組織)なども支援に回って個々の学生のキャリアライフ(生涯を通じたすべての生き方)を支援していこうと、こういうふうなことでありまして、これのキックオフ会議を今月末28日に市町村交えて、大学交えて行うこととなりました。
また、道路につきましても、これから年末に向かって予算編成の時期になってきますので、10月の30日には米子自動車道、それから11月の5日には山陰近畿[自動車]道、それから同じ日に8の字ルート、これの要請活動、[整備促進]総決起大会を東京のほうでやることにいたしたいと思っております。
最近、社会問題化していまして、このたびも証券会社に侵入をしたということで大きく報道されています。それで、このサイバー攻撃は、これは自治体にも来ておりまして、これを何とか防がなければいけないということであります。ここにございますように最近の報道でもクロネコヤマト(ヤマト運輸株式会社)さんとか、あるいはJR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)だとか、また、ちょっと大きく問題になったのはタイムズカー(タイムズモビリティ株式会社運営のカーシェアリングサービス)という駐車場の関係ですね。それで、こういうようなことが次々に起こるだけでなくて、デジタル庁の委託なども絡みながら、国でも各府省庁の専用ネットワークがやられたとか、また、全国800の自治体、これが特定の会社が中心なんですけれども、そこで防災用のメール、連絡メールを送る、このシステムへの侵入を許しまして、それで、メールアドレス313万件失われてしまったと、こういうことであります。県は、幸いこのケースについては、影響はなかったです。ただ、以前、原発のモニタリングシステム、こちらのほうへの侵入を許しました。これ結局、委託会社のほうのサーバーに入ってくるわけですね。ただ、鳥取県の場合は代替の、実はもう1つデータをそのまま載せたものを実は持っていまして、ですから、そちらのほうのデータが失われたわけではないということでしたし、それ個人情報ではなくて、モニタリングデータですから、環境のデータなので個人には御迷惑はおかけしないものでありました。
ただ、最近ちょっとそれぞれの自治体、発表していますが、鳥取市とか若桜町など、これと同じケースでのやはりメールアドレスの漏えいなどが起こってしまったということです。それで、私どももデジタル局など専門家も交えて、今ちょっと動向を分析しているんですけども、要はセキュリティが弱い部分があって、言わば、例えば壁に穴が空いているようなものがあると、それで、そうしたシステムの脆弱性、これを狙って攻撃してくるようだと、それで、しかも多分AIが悪さをしているんじゃないかとも言われていまして、そのAIを使って、この脆弱性を発見するということをやるわけですね。それで、実は私どもというか、防御側のほうもやっぱりAIも最近活用され始めて、そういうセキュリティ上の問題を塞ぎにいくんですけれども、どちらかというと攻撃側のほうが有利で、攻めるほうが攻めやすくて守るほうが守りにくいっていうような一般論がございます。
それで、そういうことで最近急速にこうしたことが広がっているという非常に憂慮される状況でございます。それで、まだこれが活発化する危険性というのは決して否定できないものがあります。そこで、このたび、県庁組織の業務システムについての安全安心なシステム運用方針というのを制定させていただいて、当面この5つについて鳥取県として対策を取っていきたいと思います。1つにはシステムの脆弱性が放置されていないか総点検を行って、保守業者、結局、管理している会社のほうなんですね。県のサーバーがやられるとか、こう鳥取市や若桜[町]もそうなんですけども、その町や市のサーバーがやられたわけではなくて、委託している先、ここに侵入されちゃうわけですね。ですから、その業者のほうをしっかり監督するといいますか、我々のほうでも契約履行、契約上そういうこと許すなって書いてありますから、それで、その万全な履行を徹底するようにする必要があって、これをまずきちんとやるのがまず第1点目かなということです。それからネットの接続点に防御機器などを置くわけでありますが、それについて対応状況を定期的に報告を求めるように改革をしたいと思っています。それから3番目にこれは新年度予算の中でちょっと検討させていただくことになると思うんですが、対策不備が放置されていないか監視する、そういう監視ツールが最近はできてきていまして、こういうものの導入を検討してみたいということです。それで、また、今後いろんなシステムまだまだ導入していくことになりますが、セキュリティ対策を向上させるために、最近も皆様のパスワードだとかああいうものの認証で、例えば電話と組み合わせてとかあります。それで、ああいういわゆる多要素認証(知識・所有・生体の3つの要素の内、2つ以上組み合わせて行う認証方式)みたいなことを真剣にちょっと我々も考えるのかなということでございます。それから5番目には職員のほうでもこういうシステム上の問題が生じないように、所属する役割としてこういう点をちょっときちんと見てねとか、それからセキュリティ対策はここがつぼだよっていうことを研修してもらう必要があります。それで、まずは23日にサイバー攻撃対策連絡調整会議、これを庁内会議としてさせていただき、こういう5つの運用方針、これを急遽制定しますが、これの履行を徹底していきたいと思います。
次に、ANA(全日本空輸株式会社)とJR西日本(西日本旅客鉄道株式会社)、このたび連携をされまして、このJR西日本が入るものが鳥取県が実は第1号として本日スタートをすることになりました。このQRコードから入っていくことができます。それで、今、ANAさんがやっているのは、SKYコイン(航空券や旅行商品の支払いに使える電子クーポン)っていうポイントがありますけども、例えば鳥取に行くツアーを実は用意するんですね、米子などで。それで、そういうところに来て二地域居住に向かっていただこうというお試しプラン、これに参加されると2万コイン差し上げますよとか。だから、飛行機代が結構出るわけですね。それで、そういう実はキャンペーンを始めていただいています。
それで、これにこのたびJR西日本が入られまして、切符代にある程度充当できるような何千円っていうタイプのポイントをWESTERポイント(JR西日本グループが提供する共通ポイントサービス)として発行していこうと。それで、往復で9,800ポイント、新大阪米子だったらですね。そうすると、要は電車代見てあげますよぐらいの話になってくると。それで、こうしたことに初めて[JR]西日本さんが加わっていただくんですが、これが今日からスタートをすることになりましたので、ぜひ、こういう二地域居住の推進を図っていければと思います。
次に、コーポレートPPA(企業(需要家)が再生可能エネルギー発電事業者から、太陽光や風力などの電力を10年〜20年といった長期間にわたり固定価格で直接購入する仕組み)、これが最近注目されるようになってきています。これ実は企業側でも一種のステータス取得のためにこういうコーポレートPPAに対する興味が今、広がっていまして、それで、このたび企業局の発電所を使いまして[株式会社]鳥取銀行さんなどに提供する、そういう協定書を今週結ぶことになりました。これは1つの皮切りになろうかと思いますが、こうしたものをぜひこれからも積極的に増やしていけるように広報事業、広報活動などもやったり、その電力プランなどを制定していろいろと提供させていただいたり、こういう、言わば環境対策の推進のモデルとしてみたいと思っております。
来週26日には、我々期待しています丸山[達也]知事が初めて出席されるのではないかと報道もされていますが、中国地方知事会議を境港市で開催することになりました。それで、当然ながら地方創生だとか、防災だとか、賃上げの問題などいろいろ議論しますし、併せて中経連[中国経済連合会]を中心とした経済界と我々5人の知事共同で中国地域広域リージョン連携プラットホーム会議、これも開催することにいたします。それで、この中で、観光で例えばバスを走らせて、例えば大阪とか福岡起点でそれを中国5県回るようなそういうクルーズバス、これをやってみようかというようなプロジェクトなどを議論したいなと今、下話をしております。また、DX(IT技術やビッグデータなどデジタル技術を駆使して、業務プロセスや事業内容を改革すること)の支援プログラムなど、こういうものを国のこの中国地域の広域リージョン連携に対する支援なども活用しながら進めてみたいというふうに考えております。
また、来月には山陰両県の知事会議や中海会議を開催することといたしまして、ツキノワグマ対策や観光問題、それから道路問題、また、中海会議のほうでも水質のモニターの状況だとかを交換をしながら例えば浅場造成とか、そういうものを進めていくでありますとか、そうした話合いを国の機関を呼んでさせていただくことにいたしております。
次に拉致問題の早期解決を願う国民のつどいが、10月が本県では条例が制定された結果、拉致問題についての行動の月間になっています。それで、31日の日に、これ繁本[護]内閣府[大臣]政務官にお越しをいただきまして、私どもの[米子市]和田[町]の現場、松本京子さん拉致現場を見ていただいたり、また、我々のほうから、こういう被害者の御家族と一緒に政務官への要望活動などをしたいと思いますし、イベントとしても飯塚耕一郎さん、田口八重子さんの御長男でいらっしゃいますけど、こういう方の御講演を聞いて認識を深めたり、あるいは生徒さんたちにもそうした拉致問題についての発表等をやっていただくことにいたしております。
3月からいよいよGREEN×EXPO2027が横浜で開催されることになります。[大阪・関西]万博ほどのちょっと入場予想ということになっていませんけども、ただ、世界中が集う、そうしたところでありまして、100平米弱しかないんですが、ちょっと割当てがですね、鳥取らしさを醸し出すようなそういうガーデンを用意しようということで、このたび[(一社)鳥取県]造園[建設業]協会等と話がまとまりました。入り口に万博のときに使ったまんが王国のオブジェ、これをアイキャッチ(視線を引き付ける要素)に使わせていただいて、ちょっと行って写真撮ろうかぐらいの気分になってもらって、鳥取県のいいところを感じていただければなということで、例えばこういう漫画のオブジェですね、それから馬の背、大概のところはやっぱり森だとか、花が中心でしょうけど、あえて砂を配したような、そういう砂丘を感じるものにして、それで、私どもとしては、例えばヨルダンさんとかと一緒にまた今回もリンケージ(連携)を張れないかなということも、今、相談を始めました。
また、二十世紀梨の木を使いましたこういうアーチだとか、鳥取らしさを前面に出しながら、難しいのはこの季節を巡っていくもんですから、まずは3月に始まりますが、夏もこうやって行ったりしますので、そういうことも考えながら、ガーデンのデザインをこのようにまとめさせていただきました。10月の30日には大山町内と園芸試験場の二十世紀梨の木をエキスポの会場、横浜のほうへ送ることにいたしております。
それから[関西]ワールドマスターズゲームズの開催でありますが、迫ってまいりまして、10月24日に鳥取駅前で200日前セレモニーを三日月[大造関西広域]連合長にも来ていただき、実施をすることになりました。また、その三日月連合長も出席していただきますが、関西広域連合の若者の声を聞く事業がありまして、こういう関西ミライトークをとりぎん文化会館で行うこととなりました。
また、10月の31日、11月の1日にはあいサポートアート・とっとり祭がいよいよ開催されることになります。平原綾香さんが歌を歌ってくださるということも決まってきました。また、金澤翔子さん、書道のパフォーマンスをする等々、いろいろ盛りだくさんの内容になっていますので、ぜひあいサポート運動に培われた障がい者の舞台というのを皆様にも御覧いただければなというふうに思います。
ねんりんピック(全国健康福祉祭)、今年は埼玉のほうで開催される、11月7日からございますが、県内でもその笑みの花咲くねんりんフェスタというのをエースパック未来中心で行うことといたしました。こういう83歳のインクルーシブディスコというDJのショーとか含めまして、いろいろな団体が練習の成果をお見せいただいたりすることになりますので、またこれもお楽しみをいただければなというふうに思います。
ハロウィンがいよいよでございますが、ハロウィン聖地化プロジェクト、今年もやることにいたします。例えば青谷弥生[ハロウィン]では弥生人のハロウィンとか、それから妖怪のハロウィン、これも恒例になりましたが、10月の31日に境港で開催をされることになります。こういうことなど、各地で催しがあります。ぜひ、またお楽しみをいただければと思います。そういう中、明日ですね、永尾柚乃さん、例えば、この鬼太郎のところには何度か来ていただきましたけども、今回ハロウィンの大使になっていただこうと、鳥取ハロウィン楽しみ大使の任命式を東京のほうで行うことになりました。トリック・オア・トットリートという合言葉で、10月31日はこの砂丘でもイベントを行うことにいたしておりまして、永尾さんも一緒にパレードに参加をしていただけることになっております。
また、若い方々によりますミュージックフェス、CATCH the STAR[ミュージックフェス]を今年も行うことになりました。ぜひ、これも[エースパック]未来中心で行いますが、御覧いただければと思います。
また、エアソウルでありますが、私ども先般は中原[美由紀]副知事にも渡韓していただきまして、趙源泰(チョ・ウォンテ)大韓航空会長さんに増便を働きかけました。また、我々もいろんなチャネルで、今、働きかけをしております。そういう中で、金仲鎬(キム・ジュンホ)エアソウル代表理事が来県されることになりまして、エアソウル便の10周年、このセレモニーを米子[鬼太郎]空港のほうで行うことにいたしております。我々としては、搭乗率がこのように今、上がってきておりまして、燃油高騰のサーチャージ(追加負担額)の影響から脱したんではないかなというふうに考えております。しっかりこの機会に、ソウル便のデイリー化を目指していきたいと思っております。
また、名探偵コナンは世界中で人気ですが、コナン役をずっとやっておられる金仙惠(キム・ソンヘ)さんという韓国の声優も来県されるこの機会に、まんが王国とっとり国際大使に任命をさせていただくことにいたしました。また、10月の25日には、各界の人にも来ていただきながら、大山隠岐国立公園の指定90周年の記念フェスを行うことにいたしております。すばらしい環境の中で、このフェスをと思っておりますが、25日天気はどうかなという状況になってきまして、天気が悪いときは別の会場でやるということも含めて、今、準備を急いでいるところでございます。
それから最後に、とっとりジビエフェス2026、これが28日、来週ですね、[ホテル]ニューオータニ鳥取で行われることになりました。県内の名店がそろいますので、これちょっと入場券が要りますが、ぜひ、お楽しみいただければなというふうに思います。
これで用意した発表事項ということになりますが、かねて、記者クラブのほうでも、いろいろと御質問もいただいていることがございました。それで、私なりに今回ぼうさいこくたいが終わりまして、これで大きな行事が大体終結してきたなというふうに思います。
ゆうべ、自分なりにもじっくり考えさせていただいた結果をこの際、お話をすべきではないか、こういうように考えた次第でございます。県民の皆様、そして記者クラブの皆様はじめ、関係の皆様、いろんな方々にお支えをいただきながら、これまで19年半にわたりまして鳥取県政を担わせていただきました。様々な出会いもありましたし、今回のぼうさいこくたいのように、いろんな団体の皆さんや仲間達が頑張って、こうやって大きな行事をやれたっていうのは、自分自身も誇りでありますし、そういう皆さんのすばらしいお力に感謝を申し上げたいと思います。こういうようなことを見ますと、鳥取県も一定程度、やはり小さな県なりに発展することができたかなと思いますし、私自身、現場主義を貫いて、県民の声に従い、仕事をしていく県政スタイル、これを貫いてくることができたと、本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。
私は最初に出馬するあの頃ですね、平成19年、最初の頃から申し上げて、記者クラブでも申し上げてきました。私は県民の道具であると。そういうように任じてまいりました。県民の道具として、言わば、県民の皆さん、それから鳥取県のために何がベストであるか、ベターであるか、それを考えて、自分のいろいろなエネルギー、これを使い果たしてでもやっていこうという決意から始めてやって、今日までに至っているところでございます。こういうちょっと変わった県政なんですね。私は正直申し上げて、選挙に勝てるから選挙に出るということは一切考えません。また、自分のためにこれがメリットだろうとか、自分はこういう仕事をして一定の地位を得たいとか、そういう私心が不思議なほどにないです。このことが、よく理解されずに誤解を受けているのかなというふうに思うこともあります。
ですから、今回も、これから4月に統一地方選挙により、4月11日が今、審議されている選挙日程ということになろうかと思いますが、それに向けての進退についても、県民の道具として何をすべきかだけを考えて結論を出そうというふうに思ってまいりました。このことは記者クラブでも何度も繰り返して申し上げてきたところでございます。そういう思いの中で、もちろん悩みやいろいろと走馬灯のように頭を駆け巡ることもありましたが、今日に至るまでいろんな方々からもう1期、2期やれというお話はかなりいただいたのもまた事実でございまして、それについては本当に感謝の気持ちを持って厳粛に受け止めてまいりました。
そういう中、私としては次の4月の統一地方選挙の鳥取県知事選挙には出馬しない考えを固めました。その理由には幾つかあります。一番大事なのは先ほど申し上げました県民の道具であるということであります。我々のような小さな自治体の非常に悩ましいのは、大きな行事をこなしていくことにあります。それで、これから7年後、来年になれば6年後ということになりますが、国民スポーツ大会が本県で開催されることになります。それで、これに向けて恐らく競技施設をどういうふうに整えるのかとか、あるいはスポーツ人材の育成であるとか、そうした様々な課題があります。それで、これは多分、任期として2年や3年ですぐにできることではありません。これはやはりじっくりと時間をかけてやらなければいけないことであります。
であれば、鳥取県政にとって何がベストなのか、県民の道具はこういうときにどう判断すべきなのか、それを念じてみれば今回を区切りとするのがよいだろうと、私は喜んでそういう意味で身を引くべきだというふうに思います。私自身がもし私心ということを言えば、それは選挙に出て戦って、あんまり負ける気はしないというのが正直なところです。それで、実際、周りで応援される方々も絶対やってごしないというお話は非常に痛いほどお伺いをしていまして、その皆さんも悪気は全然なくて、やっぱり県政を考えてそうおっしゃっておられるんだと思います。
ただ、鳥取県政という長い歴史の中で、何が今、鳥取県政で目標にすべきかといえば、やはり国[民]スポ[ーツ大会]というのは避けて通れないことであるかと思います。人口減少問題などは正直、何十年もかかるような話でありまして、これに例えば4年の任期で区切りがつくかというとそういうもんでも多分ないだろうと、むしろそういう考えに立てば区切りをあえてつけて、次の方に託すことが正しい選択ではないかというものであります。それで、そういうお声もあって、早めにこういう表明をすべきではないか、出るにしろ出ないにしろというお声も受け止めておりました。今、これを表明すれば、およそ半年時間がありますので、県民の皆様におかれては次の知事を考えていただく時間的なアローワンス(猶予期間)、そうした余裕はあろうかというふうに思います。ですから、それ以外の他意はございません。自分はこの身を引くことで鳥取県政がよりよき国民スポーツ大会や発展につながるのであれば、それは区切りをつけるのが、私、県民の道具の務めであろうというふうに考えます。
実はあと2つ、私のゆうべの考えめぐらした中にポイントがあります。1つは、これは県職員に感謝をしたいと思います。それは4年前、私は知っている人は知っておられると思うんですけど、別に出たくて5期目出たわけじゃなくて、ただ、そういう状況になってしまったので、最後は思い切ってと思いました。当時、皆さんにも申し上げましたが、一生懸命全力で走るんですね、私、ちょっと性格がそういう性格で、これどうしても直らないんですけど、目の前のことに一生懸命になって手が抜けないと、だから走り回ってしまうんですね。それで、もうこれで終わりだと思っていたら、もう一回出ろとなって、ロスタイム4年とか言われた感じがしまして、これ、倒れるがなというふうに思いながら、立候補させていただいたんです。
そのときに周りの方々から言われたのは、もっと平井がいなくても県庁が回るように県庁を育てないけんというようなお話を伺いました。それで、そういう中、私も最初に今期で手を付けたのは、未来創造タスクフォースという課長がいない若者だけの組織、これで県庁を変えていこうと、それで、そういう若い方々が県政を考えて自分で政策を考えてもらうと、それで、私が直属の上司になりますから、すぐにそれを実行していくと、こういう関係性の中で、例えば正職員で、それで短時間勤務ができるようなそういう職員をつくっていこうとか、あるいは県庁の服装の問題とか、そうしたことをいろいろと言ってもらいました。全部実現してきたわけです。
それで、県民の皆様のところでも県民活躍局ということをつくって、それで、高校生や大学生、また社会人、こういう報道機関の若い人も入っていましたけど、そういう方々に思い切っていろいろやってもらう、これらを進めて、一定のその風通しができたかなというふうに思います。そして、平井はちょっと先走っていろんなことをやるもんですから、県庁職員がついていっとらんやないかということを4年前に言われたのも事実なんですが、今回、ぼうさいこくたいを仕上げて、先ほど申しましたように、非常にいい評価や手応えを私どもは得たと思います。県庁はこの間、育ってきたと思います。
それで、県庁職員がこうやって私の思いとして、小さな県だからとして縮こまる必要はない、前例にとらわれずに目の前の政策課題に向き合って、信じることをどんどんやっていきなさいと、あとは私、面倒見ますよ、こういうようなスタイルをやってきているわけですが、なかなか鳥取県庁の中で私が引き継いだ当時、やはり若干、権威主義っていったところがあったり、それで正直、私が平成19年に引っ張り出されたのも、市町村と県の関係が非常に疎遠になっていたり、JAとか商工団体とも疎遠になっていたと。そういう中で、そこのつなぎ役ができるような、そういう要は人の話をちゃんと聞く人間として平井を持ってこようということに多分なったんだと思っています。
それで、そういうような役割を本当は県庁がやってもらいたいということで、ずっとやってまいりましたし、自分の頭で考えて、これがいいという政策を柔軟に機動的に出していこうと、だんだんこれが浸透してきたと私は思っています。その証拠がぼうさいこくたいだったと思います。あれだけ大がかりなもので県庁各部局入ってもらって、それで多くの笑顔に出会うことができましたし、それで防災の大切さとういうのを、私たちのぼうさいこくたいの運営の中で、県民の皆さん、それから県外の皆さんにも分かっていただくことができたと。そういう意味で、私は、私がいなくなったとしても、県庁マシン残るので、それでこれを信頼していただいてもいいんじゃないかと、こういうように考えた次第であります。ですから、4年前、私もう辞めてもええがなと思ったときよりも状況は大分変わってきたんではないかと、それで残り半年まだ私の任期もありますので、その間にしっかりと、こうした地道な職員養成ということもやっていければいいのではないかなというふうに考えます。
あと、もう1点、ちょっと自分の心象風景として非常に引っかかっているのは、今年3月、私は深い失望感にとらわれました。それでこのことは今も胸に大きな穴が空いたままでありまして、それでこういう中で、まだこの仕事をやれというふうに命じられても、そういうことをやる気持ちには、ちょっと残念ながらなれないということがあります。それで、こういう私は県民の道具として全身全霊、全てを捧げてやってきたつもりです。そのこと見て分かってくれる人が多分いるだろうということだけを信じてまいりましたけれども、ただ、私は自分の人格とか、1人の人間としての尊厳だとか、こういうものを放棄したわけではありません。それで、家族まで不安に陥れるような、そういうことは、自分は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
そういう意味で、私はそのことも考慮しながら、私として今期で区切りをつけようというふうに判断をさせていただいたところでございます。勝手を言うようで申し訳ありませんが、今日は最初の1期目によくつけていたネクタイをあえて締めてまいりました。初心は、多くの皆様のおかげで初志を貫徹することができたと。今日は冷静にやろうと思ってきたんですけども、誠に申し訳ありません。感謝の気持ちでいっぱいであります。本当にありがとうございました。
1つだけ最後に残してみようかなと思って、ゆうべ手元でこねくり回してみたものがございます。「身も時も力も知恵も捧げけり 泥に塗れし県民の道具」そういう志でやってこれたことを幸せだったと思っております。ありがとうございました。
○山陰中央新報 片山 晧平 記者
知事、ありがとうございました。また、御進退のお考えこの場で述べていただき誠にありがとうございます。かなり悩ましい御判断をされたのかなと思いますが、御決断にまず御敬意を表したいと思います。まだ残り半年はありますが、まずはお疲れさまという言葉をおかけいたします。また引き続きどうぞよろしくお願いします。
●知事
はい。よろしくお願いいたします。
○山陰中央新報 片山 晧平 記者
それではすみません。各社、御質問がある社は社名と氏名を名のってから御質問よろしくお願いいたします。
○日本海新聞 西山 恭平 記者
日本海新聞の西山です。お疲れさまです。進退の御表明ということで重く受け止めさせていただきました。お聞きしたいことはたくさんあるんですけれども、3つに絞ってお伺いしたいと思います。まず、以前から記者クラブの記者会見ずっと進退お伺いというのをしていましたが、ずっと真っ白という表現なさってこられました。この決断、もちろん、ぼうさいこくたいという大きな仕事終えられたというのが大きいとは思うんですが、決められたのは、先ほどのお話であったように昨日ということでよかったのかというところを、もう少し具体的に心情の変化というか、そこをお伺いしたいというところと、あと、この県政としては20年になるわけですけども、この20年振り返って、鳥取県のここに貢献できたのではないか、こういう力を伸ばすことができたんじゃないかというところ、一方で、まだここは道半ばなんじゃないかと、途上なんじゃないかというところ、この2点と、あと、すみません、もう1つが後継指名について、今、どういうお考えか、そこもお伺いさせてください。
●知事
まず、1点目ですけど、ぼうさいこくたい、あれがどういう形で仕上がるかというのは、自分としては非常に不安も大きかったです。愛子様にお供をさせていただきながら県内を回らせていただきました。その間もずっとぼうさいこくたいどうなっているかなという心配をしておりました。しかし、12万7,000人という圧倒的な成果を収めることができる入場者数で、アンケート結果も我々としては手応えを想定以上に感じることができました。それで決心がつきました。もう後のことは後の人がやるだろうと、そういう意味で、少し落ち着いてですね、寝不足だったですけども、ゆうべにそのように判断をさせていただき、今日、記者会見があるので、皆さんも答えを求めておられたから、これが変わらないのであれば自分として今日申し上げるがよいだろうというふうに判断をいたしました。
それから2点目としては、私が就任した頃はまだ高速道路の開通率が3割で、宮崎県と言わば最下位争いをするような状態でありました。今では信じられないかもしれませんが、最初のときは地域間格差の解消ということを訴えて選挙に出たものであります。今ではもうこれが今年度末で北条まで道路もつながる、それから羽合バイパスをはじめとした関連の道路もできてくるわけであります。そういうようなことから考えるとかなりの解消は進んだかなと、それで、当時やはりスローガンとして申し上げていたのは、実は日本海へのゲートウェイとして世界に開かれた山陰や鳥取県ということを申し上げておりました。
それで、航空便のほうも当時は日韓路線が休航になるぐらい大変な状況までいったんですけども、今では多くのインバウンド観光客がやってくるような、そういう当時、夢見たような姿ができました。それに向けてまんが王国というソフト、コンテンツを絡めて魅力を出していこうという戦略だったわけです。温泉だとか、スキーだとか、海だとか、そういうのはどこでも実はありまして、日本の中で差別化を図るんならその漫画だろうと、それで、愛子様もこのたび空港を御覧になってびっくりされていましたけども、ああいう形でまんが王国がお役に立てたのかなと。それで、そうやって私たちが前に進めることができたかなと、そういう地域振興が1つの大きな変わり目まで持ってこれたかなというふうに思います。
それから2つ目には、自分自身は学生の頃からやっぱり福祉の問題というか、一人一人が幸せを手にすることができる、それで、それをお互いに支え合っていくような社会像というのを理想としてきました。自分自身もボランティアをやったりしました。手話言語条例、議論はありましたけども、平成25年に制定をし、今ではこれがきっかけで法律もできたし、デフリンピックも日本で開催されるぐらいになりました。こういうようにそういう福祉の面ですね、あいサポート運動なども含めまして、これも鳥取のカラーを出すことができたかなと思います。
先輩でいうと平林[鴻三]知事がそういう福祉の意味では1つの先例モデルをつくろうとされたわけでありますが、そうした志を受け継ぐことができたのかなというふうに思っております。それから子どもたちの健やかな成長、私は最初の頃に実は申し上げていたのは、子どもたちの未来は地域の未来であるという言葉であります。それで、そういう信念の下に子育て王国とっとりを掲げ、それで、当時は少子化という面では合計特殊出生率が全国平均に近づくぐらい、だんだんと落ちていったとこであります。それで、この頃、少子化対策はお金を入れるけども、効果が出ないというふうに考えられていましたし、県庁の中も正直そういうムードというか、そういうドグマ(教義・偏見)に捉われたところありましたけど、それで、あえてそこに切り込んでいった結果、今では全国8位まで合計特殊出生率が上がるぐらいなってきました。
どういうリンケージ(関係)があるかはよく分からないとこはもちろんありますが、ただ、グラフにしてみれば全国平均をだんだんと引き離してきていると、それで、そういうような成果はあったのかなと思っています。それで、当時また、ドグマに捉われていたのは、市町村の仕事であって県の仕事ではないと言われていた移住政策です。それで、この移住政策も社会増減ということを考えれば社会減を緩和するためにこういう移住にも取り組むべきだというふうに舵を切らせていただきました。それで、その辺はこういう形で年間2,000人を超える移住者にもつながってきているかなというふうに思っております。
ただ、このことが今のお話の後段にもつながるんですけど、ただ、この人口減少対策は残念ながら歯止めはかけられなかったと、このことは悔いが残ります。それで、ただ、自然減の関係で言えばその出生数をとどめることだとか、社会減の関係で言えば移住定住で緩和することなどはできたと思っていますし、これ自体は、私は間違っていたと思わないんですけど、ただ、反転させるとこまではいかないというのが今でも変わらないことだと思っています。
そのような意味で、こうしたことが今後に託されるべきだと思うんですが、これは国と地方の境目を取って、また、大都市と地方部の隔てなく議論しなければいけない課題だろうというふうに思います。これは次の任期の方だけでも処理し切れないかもしれませんが、やらなければなお悪くなるということだと思います。そういう中、本県として1つ、一矢報いることができたかなというのは、人口が減少しても暮らしていける社会づくり、この点については一矢報いることができたのかなと思っています。それまでの発想の中になかったような買物支援みたいな事業を鳥取県として全国先駆けて導入をしたり、また、地域交通などの柔軟な支援などもさせていただきました。
就任した頃は若桜鉄道とか、あるいは地域のバス路線、補助金を削る、何だったら廃止するというような流れの中だったんです。それが、市町村と対立を県が生んでいた原因の1つなんですけど、それをひっくり返しまして、若桜鉄道上下分離方式に持っていったり、それからバスなども当時言われていたような姿とは違った形で残していくことができたかと思います。ただ、もちろん道半ばではありますけども、こういう新しい政策領域を切り開いたということは、この人口問題での1つの成果にはなっているのかなというふうに思っております。そのほかにもいろいろと環境のことだとか、教育のことだとか、言い出したら切りがないわけでありますが、こうしたいろんなことを私1人でやったのではなくて、住民の皆さんの声だとか、市町村の思いだとか、そうしたことに一つ一つ応えていく中で前に進むことができたと思っていますし、県職員の皆さんにもむちゃ難題と当初言われていたようなことを、実際可能な政策へと変えていただき、実行していただいていること、こういう全ての皆さんに感謝を申し上げたいと思います。
後継指名についてのお話がございましたが、その考えはありません。私自身、それ言えた義理でもないと思います。私は20年前にアメリカにいました。それで、そこからこっちに全てを捨てて帰ってくる、決断をして帰ってきたわけでありますが、それはこちらで帰ってこいと呼びかけた方々がいらっしゃったからです。それで、今回もそうだと思います。私自身、別に自分から出ると言ったわけでもないし、ただ、そういうのを皆さんが選ぶわけですね。それで、それがデモクラシーであり、地方自治の原点だというふうに思っています。
ただ、そういうお声がありましたが、そういう時間がなくなってしまうと県政に迷惑がかかるという声もありましたので、この6か月前のタイミングで申し上げれば、その辺の時間的な余裕は確保されたはずだというふうに思っております。ぜひ、すばらしい後継者になるような方を皆さんで考えていただければ、私としてはここまで20年間辛抱したかいがあったかなというふうに思います。
○日本海新聞 西山 恭平 記者
ありがとうございます。もう1点、どうしてもお聞かせいただきたいと思うのが3つ目の理由に上げられた心象風景のところなんですけれども、今年3月、県議会の議会での御発言を巡って各社の報道があり、批判等上がったという件だと思うんですけれども、改めてちょっと確認させてください。知事、御本人としては、あの発言自体はその意図で言いますと、おばさん発言は小池都知事を想定されておっしゃったわけではないということでよろしかったでしょうか。
●知事
この場で言うことは控えようかと思っていたんですが、御質問もありましたので経緯を申し上げますと、もともとは2度おばさんと言ったと、そのおばさんが差別用語だっていう声が議会の議員からあったんです。多分満堂の人たちは何のことを言っているのかなと思ったと思います。2度とおっしゃった。それで、2度もそんなこと言ったかなと、おばさんっていうのは1つの想定の中で財源がない中で、そういうことをやる人がいるかもしれないと、正直かなり無茶な質問を何度もかすめてこられたんですね、それに対してそういう財源は本県にはないので無理ですと。それで、ただ、財源があればそういうことをする人がいるかもしれませんねという意味で、普通名詞で敬愛の情を込めたような言葉を用いたわけです。
だから、それは架空の世界ですから、誰か特定の人を指したわけではないです。それで、私として非常に違和感があるのは、その後、たまたまトイレで記者さんと出会って、そっからついてこられた。それで、私の控室のほうまで来られて、そこに県職員みんな聞いていましたから、その事書きはみんな分かっていると思うんですけど、あれはこれこれという人ですよねというから、違いますって言ったんです。違いますと、もし、その人のことを言うんだったら、○○○といったり、○○といったり別の言葉を使います。それで、それは普通名詞であって普通の敬愛の情を込めたことだと、それで、それについて差別発言ということだったら新聞でも差別発言だったら使えないはずですよと、本当にそうですかっていうことを実はかなり申し上げたんです、たった10分の休憩時間ですけど、そういうやり取りがありました。ところが、その新聞の見出しには○○○を念頭にと、特定の人を念頭にっていうふうに見出しまでついたんです。これは取材に反すると思います。だから、違和感があるんです。せめて本人がこう言っているということを併記するとかということがあってしかるべきだと思いますし、それで、さらに言えば、そこに全く関係ない話をくっつけて記事を構成しておられたんですけど、それは全然別件ですし、それをつけることで平井が謝れと言わんばかりの記事になっている。それで、これはちょっと自分としてはちょっと言うつもりなかったんですけど、納得できない。
それで、私にも1つの人格があるし、それで人間としての尊厳はあるのではないかと思うんですが、私はこの仕事をしてるからいろんな人に、家族にも迷惑かけるような、そういうことを呼んでしまったのかもしれないと。それで、そのことは自分としては非常に残念ですし、本来正されるべきだと思っています、今でも。それで、そういうことでお話をされに来た方もいらっしゃいまして、私は最初から、もう半年前からそのとき申し上げましたけども、あまり言っていいのかよく分かりませんが、深く失望しましたと、今日と同じワードで言いました。深く失望しました。
それで、こんなところで仕事してるわけにいかんですよということをその当時から申し上げています。それで、ただ、何もその後アクションがないですから、やっぱりここで仕事してると同じことが起こるなというのはちょっと自分の中でまだ消せないです。それで個人の感情論ですから、これ以上は申し上げるべきでもないと思いますが、ちょっと、その細かいことはちょっと横に置いて、それで自分としては、もしこの立場でなければ、そうしたこととは少しさばさばして生きていけることができるかもしれませんので、自分の立場を変えるべきかなというのはずっと思っていました。
○日本海新聞 西山 恭平 記者
すみません。続けて、平井知事が先ほど短歌、歌詠まれたように、全てをささげて、この約20年県政にささげてこられたというのは誰もが多分認めるところかと思います。実際に鳥取県の知名度も格段に上がったと思いますし、先ほどおっしゃられたレガシーといいますか、たくさんあると思います。
一方で、今回のその議会での発言というところ、確かにその言葉そのものが差別発言かというとかなり議論が必要なところかと思うんですけれども、その発言そのものは小池知事を想定したものではないということは変わらないという認識でよろしいんでしょうか。
●知事
いや、それは申し訳ないですけど、当時、職員も皆、聞いてますから、そういうやり取りを当時取材に来た記者さんともさせていただいています。絶対に違いますと、かなり強く申し上げました。というか、それがそういう見出しになるっていうのはどうしても解せないんですよね、申し訳ないですけど。それで、いずれにせよ、これ私個人の感情の問題ですから、その引っかかりは今も消えていないということであります。
○日本海新聞 西山 恭平 記者
すみません。最後に、この言葉、最後の決め手になったということではあるんでしょうか。
●知事
いや、ちょっと話の順番があったと思うんですが、本当は意外に真面目なんです、こう見えて。ですから、県民の道具としてどう判断すべきかっていうことを考えますと、記者クラブでも何度も申し上げていました。それで、その記者クラブでも何度も申し上げていたとおりに考えたんです。それで、いろんなことがあの後起きました。それで、最後にぼうさいこくたいが終わってやれやれと。それで、それがゆうべのことであります。それで、そういう中で、自分は考えてみたら国体、国スポはこれからある中で、仮にもう一期いろいろ進められる声もあってやったとしたら、多分中途半端にその後の人は苦労するだろうと。それで県庁もやりづらいだろうと。県庁職員も1つの新しい方針の中で国スポに向かうがいいじゃないかと、そういうように思いました。
そうであれば、自分がここで区切りをつけるのが県民の皆様に対する県民の道具としての誠意ではないか。本当にそれだけです。それで、それが唯一の判断基準。それでそのときにいろいろと今までお寄せいただいた方からのお話を考えると、あんたいなくなったら、もうどげするんじゃという話が来るわけですね。それは県庁も育ったな、成長して発展したなっていうのは、私もぼうさいこくたいで自信を持ったんです。それで、これが終わって、実は記者会見に向けて12万7,000人だとか、アンケート調査とか、ゆうべ拝読させていただきました。これなら県民の皆様にも県庁を信頼していただけるんじゃないかと。
そうであれば、一人の人間の存在はそんなに大きなことにならないんではないかと、このように正直に考えました。それが基本的なところです。あとは心象風景の話で、それはずっとちょっと引っかかりを持っていますということであります。
〇日本海新聞 西山 恭平 記者
ありがとうございました。
〇NHK 児玉 圭太 記者
NHKの児玉といいます。よろしくお願いします。まず、1点目なんですけども、次の知事選には出馬をしないということですが、政界を引退するおつもりまであるのか、それともそこはまた違うのか、その点をまず教えてください。
●知事
その辺は愛子様が見つめた望遠鏡の中のように、まだ真っ白です。もうちょっと言葉を添えると、ほかに出るつもりはありません。そういう意味で真っ白。ただ、じゃあ、何やるのって言われても、実は真っ白なんですね。ゆうべそういうふうに思い詰めて、今日、この場に立たせていただいて、今後のことは自分らしいかもしれませんが、何も考えてないと。
〇NHK 児玉 圭太 記者
現時点で退任後について、何か引き合いがあるといいますか、そういう話が来ているわけでもないということでしょうか。
●知事
ええ。望遠鏡の中です。
〇NHK 児玉 圭太 記者
あと、すみません、判断の基準も複数挙げていただきましたけども、これまでの選挙戦、立候補をするまでには、自民党の県連だったりとか、経済界だったりとか、複数のところから出馬要請といいますか、というものがたくさん来ていた、その上で御判断をされて出たという経緯があったかと思います。今回は、まだ半年あるとはいえ、その辺の動きがない中なのかなと思いますけども、その辺の要請がまだ出てこないといいますか、そういう状況も判断の影響になっていたのか、その点教えてください。
●知事
そこは実は水面上と水面下の問題があって、正直申し上げて、ここに来る直前ですね。朝、登庁する前後からそういうお話をいただいていた筋合いの方にはお詫びを申し上げています。だから、あるんですけども、ただ、そういうことを、だから表に出して皆やるのを控えてくださったんじゃないかと思うんですね。だから、どうでしょう。だからそこは正直全然ないです。今の御質問に対してだったら、その要請のあるなしというのは、実は要請のようなお話は前と同じような感じでいただいていまして、それに向き合いながら、ゆうべ、結論を出したというふうに考えていただいたほうが正確かもしれません。
〇NHK 児玉 圭太 記者
分かりました。ありがとうございます。
〇山陰中央新報 片山 晧平 記者
山陰中央新報の片山と申します。よろしくお願いします。知事、先ほど最後のところで涙ぐむ場面がありましたが、そこの涙はどういったお気持ちがあったのかお伺いしてもよろしいでしょうか。
●知事
それは皆さんに対する記者クラブの皆さんとか、県民の皆様にお世話になったなと。私自身こうやって幕を引ききますけども、それには万感の思いがあったもんで、ちょっとその予定ではなかったんですが、今日は冷静にやろうと思っていたんですけど、申し訳ありませんが、ちょっと取り崩してしまったかもしれません。そういう意味で、何か悔しいとかいうことじゃなくて、ありがとうの涙であります。
〇山陰中央新報 片山 晧平 記者
ありがとうございます。あと、すみません、県民の道具として考えたときにベストなのがここで身を引くことだということだったと思うんですが、もし逆に続けるっていうことも県民の道具としては考えられたのかなと思うんですが、そこを身を引くのがベストだと思われたのは、すみません、改めて何回も申し訳ないですが、お伺いしてもよろしいですか。
●知事
県民の道具として最初の1期目託されたわけですね、あんたやれと。そのときに、実は自分も自分の文章というか、マニフェスト的なところで中心課題として、私は県民の道具として自分の人生を捧げますと。正直、アメリカから何もかも捨てて帰ってきたわけですから、そういうような思いに嘘偽りは当時もなかったです。そのモデルになったのが、別に、私クリスチャンじゃないんですけども、聖フランチェスコの祈りっていうのがあって、学生時代にそれに出会ったんですね。それで、私を道具にしてくださいという、そういうメッセージでありまして、それに実は、自分は最初は理解できなかったけど、だんだんとそれに共鳴するようになった言葉だったんです。だから、道具っていう、ちょっと冷たい言葉をあえて使っているのはそういうことであります。
その県民の道具として、最初の頃に考えていたのは、やっぱり県民に託されたからこの身を捧げますということで、これの延長線上で実は期を重ねてきた面はあります。ただ、今、5期目まで、今、最終盤にやってきましたけれども、この段階でちょっと先の将来を見たときに、もう国民スポーツ大会も迫っているし、やはりここでちょっと心機一転、新しいポリシーの下で、再構成していくべき時期なんじゃないだろうかと。自分がそれを担うっていうこともあるかもしれませんが、ただ、それが中途半端になってしまうと御迷惑かけるし、県民の皆様が後々振り返っていただければ、そこで切り替えてよかったなという時期に自分は辞めるべきだから、今回だろうというふうに判断した次第であります。
〇山陰中央新報 片山 晧平 記者
5期目と6期目で、6期目になると多選批判という声もあったりしましたし、組織の硬直化っていうような懸念もあったかと思うんです。その辺のところは知事としてはどのようにお考えだったのかお伺いしてもいいですか。
●知事
4年前のちょっと記事を引っ張り出してもらえば同じことを言っています。多選批判とかね、組織の硬直化。だから、先ほど申しましたように、県庁改革をこの4年間、一生懸命重点的に取り組んだということであります。私は多選批判っていうのは、デモクラシー(民主主義)として考えれば、それは県民の皆さんが選ぶことだから、多選だから悪いというもんでもないだろうと思っています。むしろ、県民の道具として何をやるべきか、県民がどうしてももう一回やれというのなら、最後は引き受けるかなっていうことがあったんです。
ただ、今回は、ここで引き受けてしまうと、県政のこの長い歴史の中で考えれば、あそこでスイッチしたほうがよかったっていう時期なのではないかなというふうに判断したので、今回、道具に心はありませんから、身を引いてしかるべきかなと思いました。
〇山陰中央新報 片山 晧平 記者
すいません、もう一点だけ。退任した後の平井さん個人として鳥取に住み続けられるのか、それとも東京に戻られるのか、まだ予定は決まってないということだったんですが、その辺のお考えがもしあればお伺いしてもよろしいでしょうか。
●知事
実は4年前も大分逡巡したんですけど、それでちょっと判断が遅れたという御批判もあったのかもしれませんが、私にも身近なところにいろんな問題がありまして、やっぱり自分がなすべきはやっぱり身近な問題が中心かなと思っています。ですから、まだ決めていませんけど、やっぱり家族の下に帰るのがいいかなと思います。
○山陰中央新報 片山 晧平 記者
東京に戻るというふうに考えていらっしゃるということですか。
●知事
そうですね、漠然と今、そうかなと、今、聞かれて思いました。まだ、そこも本当は白紙です。はい。
○読売新聞 西田 周平 記者
すみません。読売新聞の西田です。大変お疲れさまでした。すみません。何度も聞いているところで大変申し訳ないんですけども、辞められる今回、理由についてなんですけども、ぼうさいこくたいというまず大きな一大イベントを終えられたということと、次に控える国民スポーツ大会が控えているというこのちょうど境目だというところで、ちょうど新しい人に国民スポーツ大会に向けて準備などをしてもらうというタイミングでちょうどよかったという認識でよろしかったでしょうか。
●知事
すみません。ちょっと言い方がうまくないのかもしれませんが、今回、県民の道具として任期にいつかは区切りをつけければいけませんね、6期目であれ7期目であれ。それがいつかというのを県民の皆様、あるは鳥取県にとってベストな時期で選択すべきだと思います。その意味で言うと、これから国スポというのがありまして、国民スポーツ大会というのは、前、西尾県政時代に、昭和60年わかとり国体というのをやっているんですね。それは大変な準備がありまして、ちょっとあれ、イレギュラーだったんで、本当は平林[鴻三]さんがやっているはずだったと思うんです。ただ、平林さんちょっと別の選挙に急遽出ることになって、準備はしたけど逃げちゃったという形になったんですが、そのときは下から上がったって言ったら失礼ですけど、副知事から知事になったので、基本的に多分継続性あったと思うんですね。
そういうようなことで大分準備があったという過去をもう一度考えてみると、それは1年、2年でやってくれというわけにもならんだろうと、特にハード事業も絡みますし、また、人材育成ということはスポーツ人材のことを考えればそれは1年や2年で育ちませんし、例えばそれぞれ年齢で言うとちょっと前の年齢からトレーニングをしてやっぱり国体という大舞台、国スポという大舞台を目指していただくわけですよね。そうすると、ある程度の時間が必要になると、そうすると次の任期とその次の任期が多分、国スポ一色になると思うんです。そこで区切りを入れて、新しい革袋の中に新しき酒を入れて仕事をしていただくのがいいんではないかなと、本当に純粋にそこです。
ちょっとぼうさいこくたいの話したのでちょっと混乱したのかもしれませんが、あれはそのぼうさいこくたいの結果、先ほども御紹介しましたけれども、自分としても満足のいく結果になったなと思いました。これはもう県職員のパワーだと思います。それで、そういう意味で考えればもう大分私も一生懸命いろいろと無茶難題を言ってきた過去はいろいろあるかと思うんですけども、そういうのをこなしながら少し背伸びをしていただいて、それでぼうさいこくたいが成功できたというのは能力の実証ではないかと思ったわけです。それが、だから2番目のところなんですけど、県庁というマシンの動き方が今では大分変わったんじゃないかという手応えも感じたんですね。だから、そういう意味で、例えばシャッポが変わったところでこの県庁マシンは残るわけですから、この県庁マシンを信じていただければ平井がいなくなってどうとかこうとかっていうお話も当然聞こえてきたんですけど、そこはクリアできるんじゃないかなという、言わば確信をゆうべ持ったんです。そういうことです。
○読売新聞 西田 周平 記者
すみません。これもちょっと確認なんですけども、じゃあ、県庁職員がこのぼうさいこくたいを成功にさせるほどの力を県庁職員個人個人がつけたというところと、あとはもうこれから控える国スポがちょっと長期に準備が必要というところで、ここで、ここがちょうどの区切りじゃないかというところの認識ということでお間違いないですか。
●知事
そうですね。だから、ぼうさいこくたいはちょっと横に置いていただいて、国スポに向けた体制づくりを考えれば、今、私が県民の道具として区切りをつけるという判断がよいのではないかということであって、あともう1つの能力の実証ということで、最近いろいろと私も感じているんですね、去年の万博がよかったと思うんです。あれが契機になって若い人元気になって、いろいろと情報発信をするようになりましたし、今、VIVANTのことでも結構、訴求力のある発信ができるようになりました。私はあまりお金のない県なので、宣伝会社に頼んで莫大な費用をかけて広告するというのはできないものですから、そういうのをどうやってかやれないかなということで試行錯誤をしてきたんですね、この間ずっと。
その中で野崎に似た人がいたり、そういうのをある意味ちょっと申し訳ないんですけど、喜んでやっていただけるようになったんじゃないかと思うんですね。そういう若い力、若い感性でどんどんと世の中動かしてやるというぐらいになってきた、その手応えも感じています。それがぼうさいこくたいにも表れていたと思うんですね。そういう意味で、県庁のマシンを信頼していただいてもいいんじゃないか、そういう確信が持てたので、ここで身を引いても心配はないんじゃないかというふうに申し上げたいと思います。
○読売新聞 西田 周平 記者
すみません。あと1点だけ。後継の指名はないということでしたけども、改めて今後、新しい多分候補者の方々が出てきて、新しく知事が生まれると思うんですけども、その新しい知事に求めることというか、こういうことをぜひやってほしいみたいなことがあればお伺いさせてもらってもよろしいでしょうか。
●知事
基本的には白紙委任であります。それはデモクラシー(民主主義)として前任者があれこれ注文をつけるべきではないと思いますし、そのときのメンバーで議会だとか、住民の皆さんと話し合って結論出していただくのがいいんではないかと思います。ただ、これまで20年かけて私なりに取り組んできたそういう人口対策だとか、あるいは福祉であるとか、そうしたいろんなことで評価すべきものがあったら継承していただきたいなという人情はありますし、立場は変わってもこれからこうした私自身もそういう人口戦略などを一生かけて何らかの形でやっぱり応援していかなければいけないかなと思っています。その意味で、そうした仕事もぜひ忘れないでいただきたいなという思いはあります。ただ、基本は白紙にすべきことだと思っています。
○読売新聞 西田 周平 記者
ありがとうございます。
○朝日新聞 富田 祥広 記者
朝日新聞の富田です。大変な御決断の表明ありがとうございました。2点伺いたいと思います。昨晩の決断をされるに当たりまして、御家族と相談をされたのか、あるいは決めた後にお話になったのか、それで、その際、お伝えになったときにどういう反応だったかを伺えればと思います。
●知事
いろいろと実は今日の会見資料も見ながら判断したという面もあるんですけど、ぼうさいこくたいとか、成果も確認させていただいたり、それで、その自分の考えは家族にも伝えました。それで一緒に住んでない家族にはSNSを通じて夜中12時前ぐらいに送ったと思いますが、判断は尊重しますみたいなのは返ってきています。返事のない家族もいますけど、いずれにせよ、家族には断ったという気でいます。はい。
○朝日新聞 富田 祥広 記者
すみません。御自身で決められたことをお伝えになったということですか。
●知事
そうです。
○朝日新聞 富田 祥広 記者
ありがとうございます。あと、もう1点は、先ほど来、時間的余裕も非常に大きなファクターとして、このタイミングでの御決断ということなんですけれども、残り任期半年あるわけですが、県政は一刻の猶予もならないということだと思います。この半年間ですね、まず、御自身がどういう意気込みで県政運営をされていくか、それから2つ目は職員の方がこの半年間どういうふうに県政を担っていくか、間接的ではありますけれども、メッセージを伺えればと思います。
●知事
はい。ちょっと微妙な時期に入ることは、今日を境にそれはいろいろ本意か不本意かということはあり得ましょうが、民主主義のエチケットとして、県庁全体でそこは考えるべきことは当然あると思います。先ほど、ちょっと申し上げましたけども、基本的にはやっぱり肉づけ予算、まずは骨格予算ということなので、そうしたことをしっかりと私も徹底していきながら、ただ、さっき申しましたが、今回のぼうさいこくたいなどを通じたレガシー的な事業、これは今、私の目で見て、そんなにお金かかる話しじゃありませんから、それでお金かからない事業は今、始めてもいいんじゃないかなというふうに思います。
あと、やはり、そういう意味で政権移行期みたいなことになりますから、その間、円滑に次に引き継いでいけるように整理すべきことは整理していくのかなと思っています。例えば、ちょっと区切りつけなきゃいけないかなというのは、さっき決起集会の話がありましたが、例えば南北道路であるとか、それから境港・日吉津間、それで、ちょっと私もいろんな人とお話しする際、平井、ちょっと買いかぶりがあると思うんですけど、平井は割と地方の人たちと、ちゃんと話ができるから、だから、あんた残らなきゃいけないという話を大分言われたんですけども。それで、そういう意味で、だから、そういうのは必ず次進むよという土台づくりまでは、やっぱりやれたらやりたいなと思いますね。それで、その上で、次の期になって、それでやはりこれについては、予算獲得しなきゃいけないとかいろんなことあるでしょうから、それまた次の人たちがやるにしても、せめてちゃんとつくるぞというところまでは決めていければなというふうに思います。
また、そういう意味では、高[等]専[門学校]の問題も、昨日も率直な御意見聞きましたけれど、やってみようというのが大勢であるということや、あるいは子供たちや家族が望んでおられることはよく分かりましたので、その方向性は固めていければなと思います。ただ、詳細は次の任期の方に詳細詰めていただいて、例えばカリキュラムのことどうするかとか、人材育成とか、いろんな意味があると思うんですけど、そんなんは、ちょっと私の代では始末してはむしろいけないことだと思います。だから、つくるぞということを決めて大まかな方向性まではやっておけば、あとは道路の上を走っていける状態になると思いますので、そこまではやっていければなというふうに思っています。
○朝日新聞 富田 祥広 記者
ありがとうございました。ごめんなさい。職員の皆さんへの間接的ではあると思いますが、この半年こういうふうに取り組んでほしいというようなメッセージありますでしょうか。
●知事
今、ちょっと申し上げたようなことですけど、やはり政権移行期的な部分があるので、決めていいことと、ちょっと決めるのは早いなということは、やっぱりどうしても出てくると思います。そこはデモクラシー、民主主義の仕組みとして、やはり投票行動がこれから入るわけでありますから、それで、県民の皆様の選択を仰ぐようなことは、今はアイデアだけにとどめて、そこまで急いで決めてしまうというのはどうかなと。それで、このことは分かっていただきたいと思います。
ただ、それ以外のことは私もきちんとフォローしますので、今のうちにレールを敷いて大きな道路を造っておいて、この後走り出せるように、そういうような基盤づくりはやって、政策の基盤づくりはぜひやっていただければと思います。
○朝日新聞 富田 祥広 記者
はい。ありがとうございました。
○NHK 渡利 道雄 記者
NHKの渡利です。よろしくお願いします。まだ半年の任期が残っている中での質問となり恐縮なんですけれども、これまでの5期の政権運営を振り返って特に印象に残っている事業、出来事がありましたら伺ってもよろしいでしょうか。
●知事
1つ印象にあるのは、やはり手話ですかね、手話言語条例っていうことで、コミュニケーションに困っている人たちがおられて、それであのとき、全日本ろうあ連盟の幹部の方などが来庁されて、この手話を法律にしたいんだけれども、文部科学省や厚生労働省がどうしても、うんと言わないと。であれば、手話に平井は理解がありそうだから、手話言語条例をぜひつくってもらいたいと。それで、そういうような要請に来られたんですね。それを受けてろうあ連盟にも御協力いただきながら、条例案を考え、10月に可決成立まで持ち込むことができました。
それで、あの頃に、まだ思いもしなかったですけど、それが今では600をはるかに超える自治体で同じ条例ができると。それで、そして国も動かして、国のほうの手話言語施策推進法ができてデフリンピックという、ろうあ者の皆さんの悲願でもあったことが日本で実現したりしました。小さな鳥取県でも大きな成果を上げることができたという手応えを感じております。この間いろんな親しい人たちができまして、やって自分が1つのそうした方々への貢献ができたかなと思いますし、そうやって社会運動が1つの日の目を見るところまで私も一緒に歩むことができたという意味で大変に印象深いです。
実はこれに限らずですね、小さな鳥取県でいろいろ挑戦を重ねてきたこと全体について、やはり自分の思いは残っていると思います。例えば危険ドラッグというのがあったとき、それで、これも厚生労働大臣が国会で答弁して、それで化学式どおりでないものを危険ドラッグ扱いすることは罪刑法定主義、憲法に違反するというふうに答弁されたんですね。それで、それはおかしいだろうと。それで、やっぱり例えば、毒物、飲料水への毒物混入罪という罪もあるくらい、本来何が毒かっていうのは、それは最高裁までの司法判断で最終的には決まってくることであって、化学式が同定できないといけないとかいうことにしてしまうから次から次へとちょっと化学式の変わった危険ドラックが出回るようになって取り締まれないということになっていたわけです。
だから、包括的に身体、精神に影響があるもの、そういうものは危険ドラックとして取り締まるんだっていう条例をつくったんですね。それで、これも我々のところで県民アンケートしたら9割の人が賛成をされて、憲法違反だって国が言っているけどやっちゃえということでやったわけですね。そしたらネットでは鳥取県の人には危険ドラックは売りませんと、そういうサイトが現れたりして数か月後ですね、国も変わったんですね。最終的には今そういうものも取り締まり対象になりました。それで、当時の薬事法が改正をされて鳥取県が言っているような形に事実上今なっています。やっぱり地方自治というのはそういうもので正しいと信じることを現場で提案をして実行していくと。それで、それが大きな国という車を動かしていく動力にもなるんじゃないかと思います。
それで、前例だとかあるいは何かいろんな法律違反や国会答弁なんか関係ないと、やっぱり住民の命が大切だっていうことでやっていく、そういうことで小さな鳥取県から手話言語条例のように変えていくことができた。そういうのが幾つか実は実例ができました。それは自分としてやった意味があったかなというふうに思います。
あと、もう1つ大きな心に残ったのはやっぱりコロナ対策であって、それで、新型コロナパンデミックは全国的に大変な影響がありまして、いまだに後遺症、これは出生率の低下とか、婚姻の減少などで残っているぐらいであります。それで、あの当時に命を守らなきゃいけないということ、災害のようなことを自分は現場に立ったわけですね。それで、中部地震などもそうですけど、私はああいう災害のようなときに目の前にある行政課題にちゃんと向き合って答えを出して前に進めていくっていうのは、その行政として大切な姿勢だと、そういう意味で、災害などはむしろ我々の勉強の場くらいにもなるし、成長の糧にもなるという信念があって、それで、災害はそうやってきているわけです。
それで、今回のぼうさいこくたいもそれが評価されたようで大変にうれしいんですけど、ただ、新型コロナそれがずっと続いたわけですね。それで、命を守らなきゃいけない局面がもう延々と続きました。それで、その際に鳥取県は何とか全国でパンデミックも途中で変わりましたからオミクロン株に。オミクロン株に変わった後は事実上病原性が変わっていますので、それまでのとこが大事なんですけど。そういうデルタ株や何やという間は全国でもっとも死者が少ない県として守ることができたわけです。
それで、併せてその新型コロナを通じて鳥取県のほうが国との折衝役を任せられるようになって、それで、あの頃はNHKさんも全国知事会をネット中継していたくらいであります。それで、その矢面に立たされたことを通じて政府側と我々地方自治体との対話の関係というのが生まれたですよね。それで、そういう副次効果もあったと思います。それで、恐らく新型コロナで私が奮闘努力していることを仲間の知事たちも分かってくれたんだと思いますが、その後、全国知事会長に押されたのは、あの新型コロナのことがあったからだと思っています。
そういう意味で自分としては決してうれしくないことですけど、新型コロナを何とか乗り切る先頭に立つことを経験したことは大きなあれかなと、自分としての思い出のようなものに今なりつつあると思います。ただ、新型コロナの後ですね、自分は非常に夜寝るのが下手になりまして、やっぱり年中睡眠不足になりますね。結局新型コロナのときって患者が出たよっていうのは連絡が来るわけですよね。それで、すぐに動かなきゃいけないもんで、それで、あれの癖がついて、何か夜うまく寝れなくなったというのはあります。はい。いずれにせよそうした思い出があるということですね。
○NHK 渡利 道雄 記者
ありがとうございます。あともう1点だけ。その先ほどの手話の言語条例の際に、条例が制定された際、可決された際の議場での様子、当事者のろうあ者の方とかもたしかそのとき議場に来られていたのかなと思うんですけども、そのときの様子を振り返って今どういうことがよみがえってきますか。
●知事
あのときは最終日、議決の日って大体2階のギャラリー、傍聴席は空席なんですけど、満場の人になったんですよね。それで、お聞きすると全国のろうあ団体の関係者や県内の聴力障害者協会などが集結をしてみんなでその固唾をのんで可決されるかどうかを見守っていわたわけです。それで、そこに手話言語者を実は当日置いて、手話通訳の方が今こういう審議やっていますよという通訳をされるんですけど、すごく難しいんですよ。例えば議案第何号とかって言っても分かんないですよね。それで、どうもね、可決成立したときに反応がなかったんですよ。それで、ただ、みんな起立して、結局全員賛成になったんですけど、全員賛成で可決しましたよというのでこうやって決まった、決まったってこうやって手話で上に言っていたけど、なかなかそれこっち見てくれなくて、それで、しばらくたってからこうやって拍手が沸いたんですね。それで、ああいうのは忘れ得ない思い出ですね。それで、静けき喝采が議場にひらひらと舞ったのがまだ目に焼き付いています。
○時事通信社 辻村 伎 記者
すみません。時事通信社の辻村です。本日御進退の表明、ありがとうございました。私からは1点、今後の進退についてお伺いしたことがございまして、平井知事は県政運営の上で地方自治であるとか民主主義と、これ非常に重視されてきたと思うんですけれども、それで度々国へも御要望だったり御意見を言われることもあったと思うんですけれども、今後、国や自治体の政策立案であるとか、制度設計にそういった知事の見識や御経験を生かしていきたというお考えはあるのかというのを、今後については真っ白と言われる中、こういうのを伺うのも申し訳ないですけど、伺えればと思います。よろしくお願いします。
●知事
はい。正直まだ何のアイデアもありません。今日これ会見終わってから[全国]知事会の阿部[守一]会長にはある意味進退伺いも兼ねて状況はお知らせしたいと思います。ただ、今おっしゃったような地方自治や民主主義についての研究会、それのフォローアップなどは、私は会長から託されていますし、また、人口戦略についても本部長の役職がありまして、これまだ託された形かなと思っています。ただ、任期で区切りがつくとなれば、どうするのかは、これは進退伺いも含めて相談をしていきたいと思います。今後のことはよく分かりませんが、地方自治や民主主義、地域振興など、もし自分が生かされる場が何かあるんであれば、今のお話しちょっと主旨は分かりませんが、そういうノウハウなどを、今、鳥取県庁で私も広めているように他の自治体に対してもお役に立てることがあればあるかもしれません、今後ですね。ただ、ちょっと全くないです今はアイデアは、はい。
○日本海テレビ 三ツ國 陽介 記者
すみません。日本海テレビの三ツ國です。まず、進退の御表明ありがとうございました。まだ会見の途中ということで大変恐縮なんですけど、20年間、おおよそ20年間大変なプレッシャーもあったと思います。改めてこの県民の皆様だったり、私たちマスコミに対して進退表明されまして率直に今の御感想といいますか、今お気持ちというのを改めてお願いします。
●知事
一言で言ったらやっぱり寂しさはありますね。自分として20年自分なりに本当に全身全霊かけてやってきましたし、自分の身の回りのこともできなかったかもしれません程にやってきたというのが事実だと思うんで、ただ、それがぽっかりこの後、道が途絶えるなっていうのは今じわじわと湧いてきて、その寂しさはあります。ただ、それ以上に、ちょっとわがままなこういう県政運営、ふつうの政治スタイルとは多分違ってて、結構結果主義で、結果を追い求めるというのは結構いろんな方にもプレッシャーかかったかもしれませんし、ただ、そういうのを跳ねのけていけるこの鳥取県の絆とかその支え合いのネットワークというのはやっぱりあって、それで、ほんとに助けていただいたなというような思いが強いです。
そういう意味で、2つ目には感謝という気持ちでいっぱいであります。これからのことはよく分かりませんが、私は20年やってここに敷いてきたレールというのがそんなには間違ってないと自分では思っていますので、今後のお役にこの20年の蓄積が立てばなということを祈るばかりでございまして、将来の鳥取県の発展の願い、その3つかなと思います。
○山陰中央新報 片山 晧平 記者
はい。よろしかったでしょうか。それでは時間が来ましたのでこれで会見を終了いたします。知事、ありがとうございました。
●知事
はい。どうも、ありがとうございました。