【監修】鳥取大学医学部認知症予防学講座(寄附講座)浦上克哉教授
『認知症基本法』が2024年1月1日に施行され、1年が過ぎました。この法律は「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができる」ことを目的としています。
この目的を達成するには家族や周囲の人々の手助けが必要ですが、それを阻んでしまう症状が出ることがあります。困った症状への対策法は色々ありますが、2024年秋に新たな選択肢が増えましたのでご紹介します。
アルツハイマー型認知症の困った症状(アジテーション)とは
認知症の症状には多くの種類がありますが、大きく「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」の2つに分けることができます。
中核症状は、脳の神経細胞の減少により直接的に起こる症状です。もの忘れ、判断力の低下、問題の解決や物事の実行がしにくくなる、時間や場所がわからない、名前や言葉が出てこない…といった症状が該当します。
一方、BPSDは家族や周囲の人との関わりの中で起きる症状です。徘徊や妄想、不潔行為、不安、抑うつ、睡眠障害など数多くあります。
BPSDの中でも、焦燥感(落ち着きのなさ、目的なく歩き回る)、暴言(悪態をつく、言葉による攻撃、叫ぶ)、暴力(たたく、蹴る、物を投げる、噛む)、何度も同じ行為を繰り返す(質問を繰り返す)などによって、認知症の人の日常生活や社会生活、人間関係に支障が出ている状態を「アジテーション」と呼びます。
アジテーションは介護する人や周囲の人の負担を重くするため、認知症の人は住み慣れた家での生活が難しくなり、介護施設などへ入居せざるをえない状況になることもあります。
BPSDへの対応法
BPSDは家族や周囲の人との関わりの中で起きるため、BPSDが起こらないこともありますし、関わり方を変えることでBPSDがおさまることもあります。
例えば、財布を盗まれたという被害妄想(もの盗られ妄想)が起きたときに、周囲の人が「私は盗っていない」「どこかに置き忘れたんでしょ」などと対応すると、本人の不安な気持ちが解消されず、被害妄想がより強くなることがあります。場合によっては警察を呼んだり、周囲に言いふらしたりするなど、行動がエスカレートすることもあります。
もの盗られ妄想に対しては、否定も肯定もせず、本人の不安な気持ちに寄り添って、一緒に財布を探したり、本人の目の留まる場所に財布を置いたり、手の届く範囲にいつも財布を置くようにする…といった対応がよいとされています。
このように工夫次第で対応できるBPSDもありますが、アジテーションのような激しい症状の場合は、周囲の人に危険が及ぶ可能性がありますし、工夫してもどうにもできないこともあります。そのときは薬物で症状を抑えるという選択肢がありますが、従来の薬剤は適応外処方であったため、利用は一部に限られていました。
アルツハイマー型認知症におけるアジテーションに新たな薬が登場
このような状況を受け、2024年9月24日に日本で初めてアジテーション※向けの適応を持った治療薬ブレクスピプラゾール(商品名:レキサルティ)が登場しました。
※適応症:アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動又は攻撃的言動
この薬は、脳内のセロトニン・ドパミン神経系を調節することで、アジテーションを軽減することが期待されます。ただし、やはり薬なので、嚥下(飲み込み)障害、傾眠(浅い眠り)、めまい、ふらつきといった副作用が起こることがあるので、心配な場合は処方した医師に相談しましょう。
認知症の症状やBPSDで困ったときは、一人で抱え込まず、医師や看護師などの医療従事者やケアマネジャーなどの介護従事者、または地域包括支援センターなどに相談してください。また、認知症の介護で困っている人を見かけたら、ぜひ医療・介護・福祉従事者に相談するようにお伝えください。