第92回県史だより

目次

東伯郡三朝町坂本I家の歳徳神・亥の子行事

はじめに

 東伯郡三朝町坂本のI家では、全国的に見ても貴重な農耕行事が行われています。春に作神として田に出て行った亥の子さんが、秋に家に帰ってきて正月に歳徳棚(としとくだな)で歳徳神(としとくじん)と共に特別なお供えが行われ、また春に作神となり田に出て行く行事です。

 この行事は、石川県奥能登地方の珠洲市、輪島市、鳳珠郡能登町、同郡穴水町で古くから行われている新嘗の祭、アエノコトと類似しています。「アエノコト」とは「アエ(饗)」の「コト(祭り)」を意味します。これは「奥能登のあえのこと」という名称で、1977(昭和52)年に重要無形民俗文化財に指定され、2009(平成21)年には、ユネスコの世界無形遺産に登録されています。

 ほぼ同様である三朝町の行事が、重要であることはいうまでもありません。

秋の一番亥の子

 毎年、旧10月(亥の月)、最初の亥の日の夕方、春から稲の実りを助けてきた作神である亥の子さんが田から家に帰ってきます。このとき歳徳棚には、新しい籾が入った歳徳神の足といわれる八斗俵2個の上に、新しいムシロ、新しい籾が入った本俵があり、ここに亥の子さんが迎えられ、お供えされます。亥の子さんは春の一番亥の子(旧2月最初の亥の日)まで、ここにまつられます。


(図)I家の間取り図

大歳(12月31日)から元日

 歳徳棚に、注連縄(しめなわ)を張り、歳桶(としおけ)などを飾りつけます。歳桶には米1斗2合、閏歳は1斗3合入れ、その上にお供え餅、クリ、ミカン、つるしガキなどをその年の月の数だけ入れます。そのほかジンバ草(ホンダワラ)を入れ、ふたをして縦横にわら縄をかけられます(注1)

 元日には、年男(近年は当主)が若水を汲み、その水で歳徳神の神饌や雑煮を作ります。


I家正月の歳徳棚 の写真

本俵の写真 
種籾1斗2升(閏年は1斗3合)を入れ、上部には赤布を巻き、扇子を開いて差し、
左にウラジロ、右にユズリハをつけます。
この田植え前にはこの俵ごと水につけて発芽させます。

歳桶の写真

歳徳膳の写真
「膳には山盛りの飯、吸いもの、お節料理、干しイワシを供え」、
また「歳徳神は夫婦だという伝承があり」二膳になるといいいます(鶴田、1985、51頁)。
しかし今回は鯛でした。箸と、神様へのお供えなので魚の腹が向こう側になるのが本来の姿ですが、
写真は逆になっています。
供えられた2本の二股大根の写真
供えられた2本の二股大根
俵の前に置かれた鉈、斧、鋸などの山樵用具の写真
俵の前に置かれた鉈、斧、鋸などの山樵用具

鍬初め・伐り初め(正月2日)

 鍬初めは、I家の当主が田に行き、恵方に向かい土を掘り、ユズリハ、ウラジロ、ミカンを供えます。そして米を撒き、恵方に向かって手を合わせ礼拝します。

 その後、伐り初め(こりぞめ)が行われます。伐り初めは、フクギ、ガヤの木(2本)、クリ、カシ、ハネリの五種六本の枝をカド(外庭)に立て、恵方に向かって米を撒き、手を合わせます。

 この二つは、いわゆる仕事始めの行事で、1月2日には普段の仕事を形だけ行い、その年豊作や安全などを願います。

 全国的には鍬初めでは田の神、伐り初めでは山の神を祭りますが、三朝町のI家では双方共に恵方に向かい歳徳神と関係づけて行うことが特徴といえます。


鍬初めの様子1枚目
I家裏の田に向かう。

鍬初めの様子2枚目
恵方に向かい土を掘り、ユズリハ、ウラジロ、ミカンを供える。

鍬初めの様子3枚目
供えられたユズリハ、ウラジロ、ミカン。

鍬初めの様子4枚目
米を撒く。

鍬初めの様子5枚目
恵方に向かって手を合わせる。

伐り初めの様子
フクギ、ガヤの木(2本)、クリ、カシ、ハネリの5種6本の木の枝をカド(外庭)に立てます。
そして恵方に向かって米を撒き、手を合わせます。

その他1月の行事

 1月10日は「歳おろし」であり、本俵の鉢巻き、扇子、歳桶、歳徳膳、注連飾りはこの日に片付けて、歳桶は蔵に納めます。また注連飾りは1月14日のトンドウで燃やします。

 俵は二十日正月(1月20日)まで寝かしておきます。二十日正月は「月立て」ともいい、俵を立たせる行事をします。立たせた俵の上にはムシロを敷き、本俵を立てます(注2)。これが 何を意味するかは伝承されていませんが、亥の子さんが田に出て行く日が近づいたことと関係があるかもしれません。

二十日正月に月立てをした状態の写真
二十日正月に月立てをした状態
(※春の初亥の子に再現)

春の一番亥の子(2月最初の亥の日)

 旧2月最初の亥の日は、亥の子さんに作物を守ってもらうために田に出ていっていただく日です。朝にお供えをしてその後、田に出てもらいます。よって歳徳棚は秋までは留守になり、秋の亥の子さんが家に帰ってくるまでは歳徳棚にお供えはしません。

歳徳さんの足の写真
春の一番亥の子の日、種籾である本俵は種とするため外され、
春の一番亥の子以後は歳徳さんの足だけになります。
残った二つの八斗俵の籾は、秋までに食べてしまいます。

まとめとして

 日本には、一般的に山の神が春の稲作開始時期になると家や里へ下って田の神となり、豊作をもたらし、秋になると山に帰り山の神になるという信仰があったといいます。これを、田の神・山の神の春秋去来の伝承といい、全国各地に広くみられます(注3)。 しかし、去来する神が山の神や田の神として明確に特定されないケースも多いのも事実です。

 三朝町のI家の場合は、田の神と同様の作神を亥の子としており、一年間でI家の歳徳棚と田の往復をすると考えられています。鍬初めと伐り初めが一緒に行われる点は気になりますが、山の神についての伝承はありません。

 また亥の子さんと歳徳神の関係もはっきりせず、秋から春にかけて歳徳棚に共存し共に祭られていると判断してよいか結論は見えません。

 謎は多いものの、亥の子という作神へ信仰と祭りが年中行事として行われる、全国的に見ても貴重な事例といえます。


(注1)鶴田憲彌『因伯民俗誌』(1985年、鶴田憲彌遺稿刊行会、51頁)。

(注2)ただし鶴田氏著書には31日が月立てとあり注意が必要(鶴田、1985、50頁)。

(注3)福田アジオ他『日本民俗大辞典 下』(2000年、吉川弘文館、56頁)。

(樫村賢二)

資料紹介【第7回】

天正8年12月11日南条元続書状(個人蔵)

書状写真 

  天正8年(1580)12月に羽衣石(うえし)城主南条元続が浅津源三左衛門に対して会見郡内150石を与えることを約束した書状です。和紙を二つ折りにして書いたもので、このような形式を「折紙(おりがみ)」と呼びます。東伯耆の南条氏が西伯耆の地を与えた例は他にはなく大変珍しい文書です。その背景として、事前に伯耆一国を与えるという約束が織田信長との間で結ばれていたのかも知れません。織田・毛利の戦いの狭間における東伯耆の戦国武将たちの動きを知ることのできる貴重な文書です。

活動日誌:2013(平成25)年11月

1日
史料調査(下関市、岡村)。
2日
県史編さん協力員(古文書解読)東部地区月例会(県立博物館、渡邉)。
3日
県史編さん協力員(古文書解読)中・西部地区月例会(倉吉市・米子市、渡邉)。
出前講座(倉吉市、樫村)。
6日
新鳥取県史編さん委員会(公文書館会議室)。
7日
古墳測量の立ち会い(城山10号墳現地、湯村)。
ブックレット掲載写真撮影(鳥取県立博物館、渡邉)。
民具調査(北栄町歴史民俗資料館亀谷収蔵庫、樫村)。
8日
資料編執筆交渉(青谷上寺地遺跡展示館、湯村)。
ブックレット掲載写真撮影(鳥取県立博物館、渡邉)。
9日
日本民具学会大会(~10日、神奈川大学、樫村)。
11日
資料調査(横浜市八聖殿資料館、樫村)。
12日
古墳測量の立ち会い(城山10号墳及び小枝山12号墳現地、湯村)。
13日
研修講師(鳥取第1地方合同庁舎、湯村)。
14日
除草作業の立ち会い(小枝山12号墳現地、湯村)。
第2回古代中世部会(公文書館会議室)。
15日
新鳥取県史講演会(琴浦町)。
現地確認(城山10号墳及び小枝山12号墳現地、湯村)。
17日
古墳の現地説明(向山6号墳現地、湯村)。
18日
史料調査(京都大学、渡邉)。
資料調査(~19日、外務省外交資料館、JICA横浜移住資料館、前田)。
20日
遺物返却及び借用(藤井政雄記念病院、湯村)。
21日
民具調査(北栄町歴史民俗資料館亀谷収蔵庫、樫村)。
27日
遺物整理の協議(鳥取県立博物館、湯村)。
刊行物販売(智頭町中央公民館、前田)。
28日
古墳の現地確認(城山10号墳及び小枝山12号墳現地、足田・湯村)。

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編集後記

 今回は民俗担当が正月行事に関する記事を執筆しました。「県史だより」はホームページを中心に県史編さん室の活動や成果の一部を情報として発信しています。なるべくタイムリーなことをわかりやすく簡潔にまとめるように心がけていますが、当然ながら学術的裏付け、資料性を意識しての執筆ですのでなかなか難しいというのが正直なところです。常日頃、入手した資料から「県史だより」に使えるネタ候補を見つけることが楽しくもつらくもあります。

 また第7回となった資料紹介は、はじめて中世史料の紹介です。貴重な中世史料は写真付きで公開することが難しいのですが、今回は所蔵者から特別許可をいただきました。この場にて御礼申し上げます。

(樫村)

  

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