第159回県史だより

目次

鳥取県の古墳と古代寺院

はじめに

 新鳥取県史編さん事業は今年最終年度となり、資料編「考古2 古墳時代」「現代2 経済・社会・文化」計2冊の刊行を残すのみとなりました。年度末の刊行に向け、現在、急ピッチで編集作業を進めています。

 そのほか、今年度は9月にブックレット21巻「白鳳・天平文化の華-因幡・伯耆の古代寺院」を刊行しました。これは、近年の発掘調査や様々な研究成果をもとに、鳥取県(因幡・伯耆)における古代寺院-白鳳・天平文化の華-の姿をわかりやすく紹介したもので、県立公文書館をはじめ県の関係機関や県内書店等で好評販売中です。

鳥取県の古代寺院

 6世紀前半に仏教が日本列島に伝来し、畿内を中心に6世紀末から寺院が造営されるようになります。県内でも、倉吉市大御堂(おおみどう)廃寺や八頭町土師百井(はじももい)廃寺、湯梨浜町野方(のかた)・弥陀ヶ平(みだがなる)廃寺など、7世紀中頃には寺院が建立されていたようです。その後、7世紀後半には多くの寺院が造営・整備されたようで、奈良時代にかけて各所に寺院が造られます。県内の古代寺院の数は、推定されるものも含め、22箇所を数えます。大半の寺院は瓦が出土するので、瓦葺きだったのですが、鳥取市国府町栃本(とちもと)廃寺のように、瓦葺きでない寺院もありました。

 この瓦葺きは、それまでの日本列島にはなかった建築技術ですが、そのほか、寺院には柱を支える礎石(そせき)、建物の地下を堅固にする地業(ぢぎょう)、部材同士を組み合わせる組物(くみもの)など、壮大な建築を支える数々の新来の技術が用いられていました。また、仏像や数々の堂内装飾、仏具の製作、あるいは彩色壁画など、当時の高度な技術が用いられています。それまでの日本になかった技術は、新たな時代の到来を人々に教えてくれたことでしょう。

古墳に見られる仏教関連意匠

 仏教が伝わった6世紀前半、日本列島各地には前方後円墳に代表される古墳(古代の有力者の墓)が多数築造されていました。現在は、仏教と葬儀は分かちがたく結びついていますが、この当時、仏教と古墳はほとんど関わっていませんでした。

 鳥取市福部町蔵見(くらみ)3号墳の横穴式石室からは、焼き物の棺「陶棺(とうかん)」が出土しています。棺は身と蓋に分かれており、蓋は家屋の「寄棟(よせむね)屋根」のような形をしています。その屋根の棟の端に該当する部分に、靴のような形をしたパーツが付けられているのです(図1)。これは、寺院の屋根に載せられている「鴟尾(しび)」を表現したものと考えられます。このような鴟尾をつけた陶棺は、全国では岡山県に例があるのみです。他にも、県内に出土例はありませんが、陶棺や石棺に軒丸瓦に見られるのと同様の「蓮華(れんげ)文」が表現されたものもありますので、古墳時代の終わり頃には仏教が浸透しつつあったことが窺えます。

図1
(図1) 蔵見3号墳出土鴟尾付陶棺

 そのほか、古墳から銅製の器である「銅鋺(どうわん)」が出土しています。これも仏教における仏具との関連も考えられるものですが、県内では、智頭町黒本谷(くろもとだに)古墳、鳥取市気高町谷奥(たにおく)1号墳の2例が知られています。

古墳と古代寺院の関係

 日本列島で最初に造営された寺院は、奈良県飛鳥(あすか)寺(598年)ですが、その頃古墳に大きな変化が生まれます。それまで大王の墓として築かれていた大型前方後円墳が築造されなくなるのです。寺院が造営されるようになっても依然として古墳は築造されているのですが、全国的に前方後円墳の築造は7世紀の初めには終了しています。古墳と寺院は、それぞれ時代を代表する大型の建造物です。古墳と古代寺院はどのような関係だったのでしょうか。県内の例を見てみましょう(図2・3)。

図2
(図2) 後期~終末期の古墳と古代寺院

 鳥取市山ヶ鼻(やまがはな)古墳は巨石をくりぬいた石室をもつ、おそらく7世紀前半に築造された古墳ですが、約1.2km東には菖蒲(しょうぶ)廃寺が存在します。また、彩色壁画で知られる鳥取市国府町梶山(かじやま)古墳も7世紀前半の築造と考えられますが、500m程離れた丘陵上には「岡益(おかます)の石堂(いしんどう)」があります。岡益の石堂の周辺には岡益廃寺という古代寺院が存在したことが知られており、石堂も古代寺院の施設の可能性も指摘されています。

 八頭町土師百井廃寺の北東約1.5kmには、福本(ふくもと)古墳群があります。その中には朝鮮半島に類例がある金銅製の匙(さじ)が出土した福本70号墳があります。また、県内でも初期に造営された寺院の一つ、倉吉市大御堂廃寺は、北西約1.2kmに県内でも有数の規模を持つ石室の三明寺(さんみょうじ)古墳が築造されています。

 米子市淀江町上淀(かみよど)廃寺は、彩色壁画が出土したことで知られますが、西500mには6世紀に大型前方後円墳が築造され続けた向山(むこうやま)古墳群があります。向山古墳群の築造が終わった後には、北の妻木晩田(むきばんだ)遺跡の麓に晩田山(ばんだやま)31号墳という7世紀前半の方墳が築造されています。

 このように、古代寺院の近傍には、古墳時代後期後葉から終末期(6世紀後半~7世紀前半)の古墳が存在している例が多く、古墳を意識して寺院を造営したことが推定されます。ただ、近くに顕著な古墳が知られていない寺院もあるので、寺院が造営される場所の選定にはいろいろな背景があったと考えられます。

 古代寺院を造営したのは、地方では豪族であったと考えられます。こうした豪族は、古墳時代には土を盛った壮大な古墳を築いていたのですが、その後、古墳築造に代わって古代寺院を造営したと考えられます。

 ところで、前述の上淀廃寺は、真正面の山上に上ノ山(かみのやま)古墳という5世紀前半の大型円墳が存在しています(図3)。この古墳は、この地域に築造された最初の大型古墳で、その後の向山古墳群につながっていきます。向山古墳群を築造した豪族が上淀廃寺造営に関わったとすると、この豪族は、自分たちの始祖が埋葬された古墳として上ノ山古墳も意識し、上淀廃寺の造営場所を決定したのではないかと考えられます。

図3
(図3) 上淀廃寺と周辺の古墳

力を誇示する建造物-古墳と寺院

 古墳の築造には、多数の労働力と高度な土木技術や金属・石材加工技術などが用いられ、長い時間や多くの物資が費やされます。同様に、古代寺院の造営にも、多数の労働力と高度な建築技術、加工技術が必要です。古墳が築造されなくなる背景には、当然葬制や文化の変化ということも考えられるのですが、それまで古墳に費やしていたものを古代寺院に向けたこともあるのでしょう。

 古墳はお墓であり、寺院は仏を祀る施設です。性格は全く異なるものですが、どちらも築造・造営するのに必要な権力・財力が反映されています。その場に長く残されるモニュメントとしての性格は、どちらも築造・造営した人々の思いが込められているようです。

(注)古代寺院についての情報は、中原斉2019『白鳳・天平文化の華-因幡・伯耆の古代寺院-』および鳥取県2018『新鳥取県史 考古3 飛鳥・奈良時代以降』を参照した。また、古墳については、現在編集中の『新鳥取県史 考古2 古墳時代』の情報に拠った。

(東方仁史)

活動日誌:令和元年9月10月

9月

3日
日本刀「古伯耆物」関係資料調査(~6日、東京大学史料編纂所、岡村)。
16日
資料調査(公文書館会議室、西村)。
18日
資料調査(真教寺、岡村)。
21日
歴史地震研究大会(~23日、徳島大学、岡村)。
占領期の鳥取を学ぶ会(鳥取市歴史博物館、西村)。
26日
資料調査(~27日、東京国立博物館、高田部会長、東方)。
30日
出前講座(遷喬地区公民館、岡村)。

10月

7日
鳥取県史ブックレット21頒布開始。
中世城館現地調査および検討会(湯梨浜町、岡村)。
14日
資料調査(公文書館会議室、現代部会委員・西村)。
19日
占領期の鳥取を学ぶ会(鳥取市歴史博物館、西村)。
30日
青銅器調査にかかる打ち合わせ(公文書館会議室、岡村・東方)。

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編集後記

 令和元年もあと1ヶ月となりました。現在、県史編さん室では、今年度刊行予定の資料編2巻(考古・現代)の編さん作業を急ピッチで進めています。

 さて、今回の「県史だより」には、東方専門員による鳥取県内の古墳と古代寺院に関する記事を掲載しました。4世紀以降、地方の豪族たちによって各地に造られていた古墳は、仏教伝来の影響を受けて7世紀には姿を消し、代わりに各地に寺院が建立されるようになるという、古代の人々の精神世界や造営に関する興味深い内容です。

 全国各地の古墳の数は約16万基と言われていますが、このうち、鳥取県は13,000基余りを数え、全国第2位の規模を誇ります。まさに「古墳王国」と言ってもいいでしょう。今回の新鳥取県史編さん事業では、県内の大規模な前方後円墳18基と主要な石室9基の航空レーザー測量・三次元測量を行い、より正確で精細な図面を作成しました。その中には従来の定説に一石を投じるような成果も含まれています。現在作成中の資料編『新鳥取県史 考古2 古墳時代』(3月刊行予定)には、これらの調査成果を余すことなく収録する予定です。

 今年9月に刊行したブックレット『白鳳・天平文化の華』(中原斉氏執筆)と合わせて読んでいただくことで、古代の鳥取の理解がより深まると思います。乞うご期待ください。

(岡村)

  

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